NOT IT LE  |  504.

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2012227

無意味な写真日記をつづけていたらまた400ページになりました。

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2012227

今日は寒かったですね。超高層ビルのビル風で、都心の街は風が吹き荒れます。昔ながらの31mの高さ制限の古い街では思いのほか穏やかでポカポカと陽射しが暖かったりします。現代の都市開発が人間のことなど真剣に考えていないことがそんな所でも分かります。

大企業も、大企業のために超高層ビルを設計する設計事務所も、施工するゼネコンも、ただ利益を追求するだけで、人間のための環境を創出しようという責任感はまるでありません。忙しさにかまけて、あたりまえのことをおろそかにしています。

口では環境配慮型の先進的なエコ建築を設計していると言いながら、本当の中身はまったく環境破壊の公害でしかありません。大手の設計事務所もゼネコンも、もういい加減、いい加減な設計をやめて真面目に建築を考えたほうがいいと思います。お願いします。

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2012227

建築主の大企業も大企業です。日本社会における会社というものは、日本国民の幸せを創出し維持する装置として考え出された「福祉システム」だったのです。

その福祉システムによってもたらされていた調和は、米国かぶれの政治家、経済人、学者どもによって破壊しつくされ、自己責任と自由競争の「弱肉強食社会」にとって代わられました。もはや大企業は国民を幸せにする装置であるどころか、自らの利益のみ追求し、人々を不幸にするだけの利権集団になっています。

老人が幸せに死ぬことすらできない世界屈指のお粗末な社会をこのまま放置していては、若い人も真面目に働くはずもなく、結婚したり子供をつくったりする夢も希望も持てるはずがありません。いま日本は最悪の悪循環に突入しようとしています。

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政治家も大企業も未来に責任を負っているということを自覚していません。いまいる自分の地位だけを守ることに精一杯で、次世代のことを真面目に考えたりしてはいません。ぼくも長年日本国の経済界の最前線で仕事をしてきましたが、そういう気概や知恵を持った企業人や政治家や官僚に出会ったことはありません。

東電の原発の杜撰さを見ても、皆うすうす分かってきたことではあると思いますが、誰もちゃんと真面目に社会全体や未来のことを考えてはいないのです。日本の会社や官僚組織は腐敗しきっています。

腐敗しているのは何も組織だけではありません。道路や河川や上下水道や建築や土木構造物など、すべてがいい加減な設計と施工のために腐りかけています。

破綻しかけている国家に、建て直す力はありません。

大学を出ることも、大企業やお役所に就職することもなんの社会の助けにはなりません。重荷になるだけのようなもんです。むしろもう要らないのです。

一個人としては、誰かが何かをしてくれることばかり期待して、文句を言うだけの弱者にもなりたくはありません。とはいえ「他人を出し抜いてでも自分だけ得をしたい」とも思わないので、競争心などもそもそもまったくありません。資本主義社会の価値観の一切に興味もないので、どうやって生きていくべきか、道標も海図も磁石もコンパスも、なにもありません。

要するに、想像以上にひでえ国なんです。日本は。

ぼくはそういう泥船にしがみつくような人生はごめんだと思うので、どうやったら自立できるかということをずっと考えています。社会のことも考えています。

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2012226

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二・二六事件からもう四分の三世紀以上経ち、あまり語られることもなくなりましたが、右傾化の波をじわじわ感じるこのごろ、日本の世の中から戦争への嫌悪感が薄れてきていることははっきり感じられます。

なんの正義のためかは知りませんが、戦争を肯定する理屈はありえないと思うのです。しょせん暴力です。

多種多様な価値観があること自体はいいことだと思うのですが、それを押し通すために意見の合わない他者を抹殺してよいとする正義などは存在しません。人間はなにをしようとも自由だと思うし、自由でなければいけないと思いますが、暴力や戦争だけはなんとしても許してはならない、ということだけは決して忘れてはいけないと思っています。日本の経験した酷い戦争が若者に伝わっていないことを危惧しています。政治家の多くももはや戦争を知らない子供達ばかりです。

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