日向雨  |  aoiy

 

  日向雨

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  日向雨

 僕は、時々、忘れずに思い出す事が2つある。
 1つは、小さい頃育った田舎の漁村で、祖母が独り言のように呟いていた言葉があった事。
 僕が天気雨に濡れながら小学校から帰ってくると、タオルを出してくれるどころか、そんな僕を見てにこにこしながらこう言っていた。
 「ヒナタアメやなぁ。狐の嫁入りやわ」

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 もう1つ思い出すのは、2年前に別れた彼女の事だ。
 別れたと言っても、僕には既に家庭があった。彼女も、それを承知で僕と関係を持っていた。僕らが本当の意味で別れたのは、僕に子供が出来た事を彼女が知った後だった。

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 彼女とは、僕に子供が出来るずっと前からの付き合いだった。何度か距離を置いた時期もあったが、僕にとっては、最初で最後の婚外恋愛だった。
 もしかしたら、それこそが本当の恋愛だったかもしれないとすら思う。

 最後に彼女と逢った日そのは、午後から天気雨が降った。

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 その日は秋だというのに少し蒸し暑かったが、その日の彼女はそんな天気と反対に、発せられる空気感がいつもよりもの寂しく、やけに静かな間が多いのも、そういう予感をしていた。
 僕は常にそういう時の覚悟はしているべきだった。でも、実際その時が来ると、何も言えなくて、ただそばに居る事しか出来なかった。

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 ・・・・正直言うと、このまま時が止まればいい、と思った。現実的な生活で距離はあっても、僕らはそれ以上に精神的な部分で強く繋がっていた。だから、今までもこうしてお互いに必要としてきた。それは、社会で言う倫理とかではない。儚さがスパイスだと思ったのは最初の頃だけだ。そう、コイビトであり、親友であり、まるで義兄妹のような・・・・
 琥珀の中に閉じ込められた虫のように、時間が止まればいいと思った。

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 それでも彼女は僕と目を合わせる時は、必ず笑顔だった。
 それが余計に寂しく感じた。
 時折見せる寂しい表情も、雨にかき消されて、地面に染みていく。僕は静かに歩きながら小雨を避けるように彼女の肩を抱く事しか出来なかった。
 ただ、悪戯に時間が過ぎていく。
 そして、彼女が言った。

 地下鉄の入り口に程近いビルの並びに花屋があった。彼女はそこで足を止めて、僕にこう言った。「私、花束がほしいな。ほら、かわいいから」
店の軒先には、カジュアルフラワーのブーケが、色とりどりに並んでいる。

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 実は、彼女が僕に何か欲しいと言った事など、一度も無かったのだ。だから、彼女のリクエストが最後を意味するのだと感じて、余計に辛かった。 
 鮮やかなオレンジが一番目立つ花束を彼女は選んだ。
 まるで小さな子を見守るように、彼女は花束を嬉しそうに見つめる。
 「・・、・・・・」僕は、名前を呼んだ。
 「今まで、ありがとうね。私、ずっと忘れないから。あなたと過ごした時間。本当に、出逢えてよかったと思う」