龍 神 橋  |  AoyamaKazuki

 

龍 神 橋

青山一樹

 この学校の誰ひとりとしてそんなものを見た者などいない。いや、全国どこに行っても同じだろう。誰ひとりとしてそんなものは見ていないのだ。
 誰も見ていないのに、あたかも見てきたような口ぶりで語る神経が理解できない。そんな有りもしないことに、キャーキャーいっていること自体が無駄だ。つまらない。
「ねえ、美咲はどう思う?」

 前を歩く瑛子に急に話を振られ、うっ、と答えに詰まった。
「美咲はクールだからねぇ。信じないよ”この手”の話」
 杏奈があきらめ顔でいう。
「だってこれはホントでしょう。どこにでもある学校の怪談とは違うよ」
 同じような話はこれまた全国区で存在するの

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龍神橋

龍 神 橋

 ——そんなはずない。
 美咲はそう思っていた。
 都市伝説だ。迷信だ。いやいや、それ以下だ。地方都市の片隅で時代に置き忘れられたような、そんな片田舎のただの作り話でしかない。
 夏になると必ず出てくる怪談話。
 蝉じゃないんだから、どうして夏にだけ出てくる?
 口裂け女、トイレの花子さん、夜中に動く銅像。どれも下級な作り話でしかない。何が面白いのかさっぱりわからない。
 誰もが口を揃えて同じようなことをいうが、いったい誰が実際に『それ』を見たんだ。面白可笑しくして、話だけが全国行脚をしているだけにすぎない。その土地の習慣によって話にバリエーションが加わるだけだ。

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だ。純朴な瑛子はすぐに信じてしまう。それが彼女たちのいいところでもあるのだが。

 地方都市の片隅にある小さな町。
 アイドルや華やかな大都会に憧れる、中学二年の仲良し三人組。
 学校帰り、誠しやかに語られる噂話や迷信の類い。
 テレビドラマに出てきそうな派手な事件など、まったくもって皆無である。
 ごくありふれた、平凡以外の形容がつかないような日常だと、美咲はぼんやりと思った。
 杏奈と瑛子がさっきから盛り上がっている話とは怪談話ではないのだが、つまるところ都市伝説の一種でしかない。
 町はずれに用水路のような小さな川が流れている。その川を遡っていくと「龍神橋」というこれまた小さな橋があり、その橋のたもとに龍の彫り物がされた石碑のようなものがある。龍神橋の名前の由来にもなっている石碑だ。
 更にその川の源流に遡っていくと「龍神の

滝」があり、その滝のところに龍神を祀った祠があるそうだ。満月の夜、誰にも見られずその祠の中にある「玉」を取ってきて、龍神橋の石碑にはめ込んでお祈りをすると願いが叶う。もちろん誰にもそれを話してはいけない。
 これが瑛子が母親から聞き込んできた話だ。しかも彼女の母は龍神橋の場所すら知ず、十年前に亡くなった祖母から伝え聞いた話だという。
 話の出所が十年前に亡くなっているのだから、信憑性を確かめる術はもうない。他に同じ話を聞いたこともないので、昔からの迷信ともいいがたい。
 杏奈には悪いけど、その話は嘘だ。
「龍神橋は知ってるけど、そんな石碑あったかなぁ。龍神の滝は行ったことないし」
 嘘だと断言するのも大人げないので、知らないことは知らないという。
「あるよあるよ、龍の石碑」
 興奮ぎみの瑛子が飛び跳ねるようにいう。龍神の滝については杏奈も知らないらしい。

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3

 
 シャワーを浴びて部屋に戻ると、窓の外には冴え冴えとした青白い満月が昇っていた。
 それを見て、昼間の杏奈の言葉を思い出した。
『ちょうど今夜は満月だし……』
 深夜というにはまだ早いが、都会の真ん中じゃあるまいし、街灯ひとつないこんな真っ暗な中を、ひとりで龍神の滝までいくなんて考えられない。
 ——まさか、行かないよね。
 それでも気になるのでメールだけはしてみた。いつもならすぐに返信してくるのだが、三十分待ってみても返事がない。
 もしかすると、お風呂に入っていて気がつかなかったのかもしれない。そう思ってはみたものの、どうしてか気になって仕方がないので、瑛子に電話してみた。
 彼女はすぐにでた。
 杏奈の携帯が繋がらないことと、昼間話していた龍神橋のことが気にかかると早口でいう

 そもそも”誰にも話してはいけない”という話を次々と伝聞で話していること自体が矛盾しているわけだし、既に話が崩壊してないか?
 願いが叶った後に話すのはいいのだろうか。
 それも確認のしようがない。確認のできないことは信じようがない。
「ちょうど今夜は満月だし……」
 杏奈が照れくさそうにいったのを聞いてピンときた。
「あぁ、圭介くん、だ」
 杏奈はとなりのクラスの圭介に告白しようかどうか悩んでいるのだ。その龍神に願いを託そうとしているに違いない。
 瑛子も「早く告っちゃえば!」と囃したてる。
「へへへ」と杏奈もすっかりのぼせている。
 その後、今夜のドラマの話やらアイドルの誰々と誰々が付き合っているらしいとか、週刊誌のゴシップネタを、まるで見てきたような口ぶりでふたりは飽きもせずに話すと、「またね」といって帰っていった。

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配はせずに「早く帰ってきなさいよ」といわれただけだった。

 案外とあっさりした応えに安堵しながら手早く着替え、懐中電灯と携帯を持って外にでた。
 あ、忘れた!
 美咲はすぐに玄関に引き返し、肌の露出している部分に虫除けスプレーをかけてから、あらためて外にでた。帰ってきてからもういち度シャワーを浴びてスプレーを落とすのが面倒だが、薮蚊に刺されることを思えば手間でも諦めるしかない。
 懐中電灯なしでも月明かりで照らされた路面は、僅かに自分の影が地面に落ちているほどで、以外と歩き易かった。 
 二本松が見えてきたあたりで、そこに人影があるのを確認した。普段なら怖くて足が竦んでしまいそうだが、今日はそこにいるのが瑛子だと分かっているから安心だ。
 美咲が小走りに駆け寄っていくと、瑛子も大きく手を振ってくれた。

と、好奇心旺盛な彼女は「ちょっと見にいってみない?」といった。
 瑛子はスピリチュアルな話に興味津々のようすだ。
「でも、こんな時間だよ⁉」
「こんな時間だから面白いんじゃない。満月の夜と乙女の恋は神秘に包まれてこそよ。ウチにノートでも借りにくるっていえば大丈夫でしょ?」
 こんな夜おそくに出かけるなんていうと、親が心配するに決まっている。幼なじみの瑛子のところにいくといえば、そんなに心配させずに済むかもしれない。
「それじゃ、二本松のところで待ってる」
 瑛子はそういって電話をきった。
 待ち合わせ場所の二本松とは、町道の十字路の脇に何故か一里塚のようにして二本だけ松の木がある場所だ。周りは田畑ばかりで、美咲の家からはわりと近い位置にある。そこから山の方向に向かっていくと龍神橋にでる。
 瑛子のところにいってくるというと、親も心

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「ごめんね、待った?」
「ううん、ちょっと前にきたところ」
 ちょっとした肝試しのような気分で、ふたりとも何故か小声になっている。
 龍神橋に向かってふたり以外は誰もいない道を歩きながら「さっきかけてみたんだけど、やっぱり電話繋がらないよ」と瑛子が心配そうにいう。
「どうしたのかなぁ……」
「もう眠ちゃってるかも!」
「いやぁ、杏奈は深夜放送大好き娘だから、まだこの時間に寝ることはないと思うんだけどな」
「そうか……」
 美咲は深夜放送の時間帯まで起きていられないのだが、杏奈は毎晩欠かさずに聞いているらしい。だから彼女は、不足している睡眠時間を授業中に補っている。
 街灯もないような細い道だが、月明かりが思った以上に路面を照らしてくれるので持参した懐中電灯は必要なかった。

 やがて道は用水路のような川に沿って砂利道になり、山に向かって少し上りこう配になってきた。田畑ばかりで月光を遮るもののなかった平地とは違い、少しずつ周りの木々が増えはじめ、足下が薄暗くなってきた。
「なんか、出そう……だね」
 瑛子は怖くなってきたのか、美咲の服につかまっている。
「タヌキぐらいは出るかもね」
 田舎町のはずれにある山に入っていくのだから、夜行性のタヌキくらいはいるだろう。山といったところで、実際はちょっと小高い丘に木が生えているだけの、山ともいえないようなちいさなものだ。だからクマやオオカミが出る心配はない。でも、瑛子が心配しているのは違うものだろう。
 そう、幽霊だ。
「大丈夫だって瑛子。幽霊なんか出ないから」
「だって……」
 先ほどまでの元気はどこへいったものやら、きょろきょろと辺りを見回しながらおっかな

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びっくりの体で歩いている。声も消え入りそうだ。
「瑛子、見たことあるの? 幽霊」
「な、ない、……けど」
 そんなに見たいのか、それとも見たくないのか?
「あたしも見たことない。ウチの家族も誰ひとりとして幽霊なんか見たことない。瑛子も瑛子の家族も同じ。だから大丈夫。幽霊なんてこの町にはいない」
 懐中電灯で足下を照らしながら歩いていく。見知った道のりであっても、昼と夜とでは間隔がまるで異なる。目標物のない山道のような場所では、距離感がまったく分からなくなってしまう。
 びくびくしながら歩く瑛子を励ましながら、美咲が「そろそろかな」と思っているところに後ろから声がかかった。
「あそこだよ」
 瑛子の指差すやや開けた空間。そこには月明かりに照らされた龍神橋が見えた。美咲も何度

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か通ったことがあるが、橋と呼ぶにはいささか申しわけないような全長で三メートルくらいの小さな木製のものだ。
 まわりが木立で薄暗いなか、そこだけスポットライトでも当たっているかのように、月明かりに照らしだされている。
 早く明るい場所にでたいのか、瑛子が先にたって歩きだそうとしたとき、橋の向こう側に灯りが見えた。
「誰かきた!」
 瑛子の腕をつかみ、灯りの主に聞こえないよう小声でいった。
 瑛子はぴくっと身体を硬直させたが、それが懐中電灯の灯りだと気がつくと、美咲といっしょに近くの茂みに屈みこんだ。向こうからやってくるのが杏奈であるかないかに関わらず、遅い時間に中学生の女子がこんな場所にいることを知られたくはない。
 息をころしながら待っていると、人影が少しずつ近づいてきた。
「やっぱり杏奈だよ」
 瑛子が囁くようにいう。

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でいく勇気はさすがの美咲にもない。幽霊が怖いからではなく、夜行性の動物や、暗闇のなかで足を踏み外して谷底にでも落ちたらと、それが怖い。
 そんなことを思っていると、石碑の前で杏奈が何やらごそごそとやり始めた気配が伝わってきた。月明かりに何かがきらりと光ったのが見えた。
「やっぱり取ってきたんだよ、玉」
 すっかり恐怖心がなくなっているのか、声のトーンが高くなってきている。
『玉をはめてお祈りをすると願いが叶う』
 杏奈がいっていた言葉を思いだした。
 龍が片手に玉を持っている姿の絵を想像する。その玉が何を意味するのかは知らないが、龍を描いた絵には必ず玉がある。
 きっと石碑に掘られた龍の手のところに、持ってきた玉をはめ込むようになっているのだろう。
 杏奈の後ろ姿を見守っていると、石碑のあたりがぼんやりと赤く光りだした。

 たったひとりで怖くはないのか、杏奈は足取りも軽く橋に近づいてくる。
「どうする?」
「少しようすを見てみようよ」
 瑛子の問いかけに、美咲は慎重に応えた。
 ふたりが杏奈のようすを見守っていると、ふいに彼女が橋のたもとでしゃがみ込んだ。まわりに誰もいないと思っているのか、まったく警戒しているようすは見られない。
「あそこにあるんだよ、石碑」
 瑛子が小声で囁く。
 橋の向こう側で、杏奈はちょうど美咲たちに背を向けるようにしゃがんでいるため、美咲たちから石碑は見えない。
「玉、取ってきたのかな?」
 美咲は行ったことはないが、杏奈のやってきた方向を更に山の方に進んでいくと、龍神の滝があると瑛子がいう。橋までは道幅もそこそこあるが、その先は薮のなかの獣道のような場所である。
 こんな夜中にひとりきりで、山奥にある滝ま

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「なんだろう、あれ?」
 瑛子も美咲も顔を見合わせた。
 次の刹那、その赤い光は強い閃光となり、辺り一面を赤く染めた。ふたりはあまりの眩しさに目を瞑った。
 雷のような地響きがするわけでもなく、一瞬の、そして無音の出来ごとだった。
 そしてその光はすぐに消え、何もなかったかのように、月明かりのなかにひっそりと橋が佇んでいる。
「カミナリ、じゃない、よね?」
 瑛子の声が震えていた。真っ赤なカミナリなんて見たこともない。落雷の音もしなければ、腹の底に響くような地響きすらしていない。
「何だろう? お化けじゃないのは確かだと思うけど」
「もう、イジワル!」
 そういって、瑛子は軽く美咲の腕を叩いた。美咲の軽口で、少しは恐怖心が和らいでいるようだ。
「何だろうね。石碑が光ったみたいだったけど

な」
 橋のたもとに視線を戻した美咲は、そこに何か違和感を感じていた。
 ——あっ⁉
 声には出さなかったはずだが、その気配を瑛子も感じとったらしい。
「え⁉ どうしたの、美咲?」
 強く眩しい光に目を瞑ったのは、ほんの一瞬だったはずだ。それから数秒は暗闇に目が慣れるまでかかったが、それでも月明かりに照らしだされている橋の辺りは見間違えようがない。
 ——杏奈の姿が、ない。
 さっきまで龍神の石碑の前にいたはずの、杏奈の姿が見当たらない。
 道は一本しかないのだから、家に帰るのなら美咲たちの前を通らなければならない。
 しかし、彼女は通っていないし、その気配もなかった。ほんの数秒のうちに姿をくらますのなら、かなりのスピードで美咲たちの前を走っていかねばならず、いくら目を瞑っていてもそれくらいなら音でわかる。

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