ふるえろ  |  pizzicato

 
 

ふるえろ

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秋、




掃き溜めにも、秋。

 

ふるえろ

ゆく年、くる年

うみのむこうになにがある?/ララバイサラバイ/ローターオルガン/nujabes/うしなわれたものたち/残ってゆくものたち/残像/それから、その光りかた/手のひら/残響/それから、その熱

渋谷へクラムボン企画のライブを見に行きました。
対バンがmouse on the keys、agraph、toeという豪華さでした。


ふうむ。
なんとも。なんとも。ことばを失わせる体験でした。
今まで見たクラムボンの中でいちばん良かった。
身体は、満ち足りているのに
それと同時にからっぽになっている
ことばの生まれない場所。
今まで見たクラムボンの中でいちばん良かった。





包まれている
思考という行為を、隠して
自由な手足が空気をふるわせる
振動、
振動に包まれている
演奏者も観客も、(たぶん)等しく
思考を奪われて
ただ、振動だけに、包まれていた。

2

2011.11.8
00:26

 

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近頃ワインがすきです。味の違いは日本酒ほどにもわからないです。
コンビ二の安いやつをがぶ飲みしながら映画を見るのが近頃すき。
っていうことをあるひとに言ったら、(そのひとは女優さん、ご主人は映画監督)
「映画見ながらお酒飲むと主人に怒られる。」と。
いろんな考え方があるもんだ
なるほど確かに、勉強しながらお酒飲んでるようなもんですからね。
お酒を味わうのであれば映画なんて見ていられないし。

つまり私にはどちらも真剣味が足りなくて、いい具合にちゃらんぽらんであるのだ
まさに趣味!って感じでとてもいいです。力が抜けます。へらへら笑って愛してますとか言える類の抜け方です。



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前の日記で、「カケラ」を見たと書きましたが
大層かなしい・愛しい気持ちになった私は酩酊状態で、帰ってきた彼に頭突きしていたらしいです
かなしい映画みたのーと言いながらガンガンしていたらしい
うっとうしいと笑われました。へらへら。

この日のお供。うつくしいお造りの5点盛り。リズムと立体感!お造りの盛り合わせってアートよね。会津娘、石鎚、南を少しずつ飲みました。いずれもひやおろし。

3

2011.10.27
14:38

麦・米・芋
麦・麦・麦
葡萄・葡萄・葡萄・葡萄

帰途の新宿東南口にて。立ち止まるひとが皆、空に携帯を向けていた。恥ずかしながら、私もその群集のひとりになった。歩きにくいと舌打ちをするひと、通り過ぎるひと、聞こえない歌、実際は、その色も重さも、写真になんて収めきれないのだ そんなことは知っているんだよ、って斜め後ろの金髪の女の子に言われた 気がして もう一度空を見て、何年も前のニューヨークを思い出した。だれの故郷でもない、遠い遠いあの場所。

「モダン・アート,アメリカン」を見に行きました。

モダンアートに至るまでの、リアリズム、抽象表現、アメリカンキュビズムの絵なんかが見られて面白かった。
「絵画の表現は抽象になりながらも、その実は気象や温度など単純な自然現象を表している」っていうのがおもしろかったな オキーフとか
とにかくアメリカという場所は広大で自然が豊かなのだということを再認識させられました。

そしてなんだか、色使いがとてもパステルなのが気になりました。
淡いピンクとか、よく見る色だったな。
なぜだかハーレムの黒人さんたちを思い出した。あのスイートな匂いなど。

全体的に、なんだかとてもさびしい香りがした。
立ち並ぶビルの鉄の匂いなのか
だだっ広い荒涼とした地の草の匂いなのか
ひとりでぽつんと立っている心細さ
江國香織がよく言っている「果てしがない」
その感じによく似ている気がした
心の中にかぜがびゅうびゅう吹いている
だれの故郷でもない、冷たい親しくもない
けれど、誰もが持っている、その場所。

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4

いろんなことがありました、とか言ってまあほとんど何もないけどもね、
「カケラ」を借りてきて見ました。
女の子同士ってどういうことなんだろう、って考えて、でもそれは考える以前に人間同士の関係で、いつもそれで悲しくなってしまう。
なんでだろうな。
女同士だからない、とか、
男同士だからない、とか、
女男だからあり、とかそれはまた違う事柄な気がする
愛って何か
そう考えたときに、
それは単純に身体の問題だけなのだろうか?

5

2011.10.25
04:55

かなしみ

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私はいつも、家で待っているひとを思い出してビールを買って帰る
たとえばそこにすでにビールが冷えていたり
たぶん、
それこそが愛なんだと思う
それだけが愛なのだと思う
私は帰り道が毎日たのしくて
それこそが愛なのだと思う
たとえそれがきちんとしたかたちではなくても、
それこそが愛で、
愛は、いつでもどこかかなしいのだと思う。

今日のお供。なんかセブンに売ってたベトナム産でドイツ人が作ったという(?)ビール。よくわからないけども。酸味のあるビール。おいしかったけど、餃子にはやっぱりアサヒがいちばん合うと思った。

今日は「歓楽通り」(パトリス・ルコント監督)を見た。

この監督の「橋の上の娘」も昔見たけど、どうしてもエロティシズムを感じない。のはなぜなのだろう。
献身的な愛、という点で谷崎の「春琴抄」を思い浮かべたわけだけども
しかしながら春琴抄のエロティシズムとは全く別次元であるような。
フランスと日本、という問題よりも単純に、キャラクターに感情移入できるか、というか描写の問題であるような気もしたけども。

いい香りのしそうな(香水の匂い)映画ではありました。



主人公が歌う場面が何度もあるのだけど、この子歌上手くないんじゃないかという疑惑がついて離れなかった。
フランス語に隠れているだけなのでは。的な。

 

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「手のひらに書いてあった」

ずっと知っていたこと

2011.10.14
03:43

6

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とてもすきな映画だ、
とても。

2011.10.13
02:35

葡萄の房って、骨組み。この造形はすきだ。マンションとか家とかの工事中の骨組み部分のようだ。実際の、生物の骨には特に惹かれないのですけどね。

7

映画「ゴーストワールド」やっと見た。

世間になじめない女の子、と言ったら語弊がある、
そもそも「世間」という一般論が蔓延してそれが正しいとされる事態がふしぎなのだ。
「政治的、精神的」なことは勿論、趣味思考に至るまで。
主人公のイーニドは、そのよくわからない「世間」という怪物になじめない女の子。
がんじがらめの高校を卒業して、「大人」にならざるを得なくなったとき、ふざけあえた幼い頃からの親友のレベッカはきちんと就職する。
ひょんなことから知り合った(知り合った、というのもまた語弊があるのだけれど)‘イケてない’レコードオタクで年上のシーモアにはまっていく、気持ちもわかる
シーモアの色気なるもの。
年上で、冴えなくて、自分だけの世界を持っている彼は、ある意味でイーニドにとって神様であるのだ。
だからこそ、それはハッピーエンドを持たない
彼に触れることも彼と一緒に住むことも夢物語でなければならない

この映画のラストは、ある漫画の一部、なのだと思う。
それはイーニドの日記のラスト部なのかもしれない
結局、「漫画という表現」しか持たない彼女の。
レベッカもシーモアも父親もいない未来へ、彼女はバスで向かったというだけの話。

 

お風呂上りにあれやこれや

 

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わ。
今、ふとBCCKS(alpha館の方)のランキングを見てみたらなんと!
文芸カテゴリの1位・2位を取っているではないか。
1位が「コンビニにことばを打ち捨ててきたところ」(http://alpha.bccks.jp/?more=2F#B39741,P0
2位がこの、「ふるえろ」でした。

わーびっくりしたー
つぶやきにも満たないようなこんな日記も読まれているのですね。
ありがとうございます。

もうすぐハロウィンですね。これは去年下北のカフェで食べたパンプキンプディング。

8

2011.10.3
16:30

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