メキシコと個性  |  deVillepin

メキシコと個性

 

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メキシコと個性

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エルトリート西葛西店
http://www.gyuan.jp/eltorito/

一軒家の会社は通常の会社ではない。
ヘンな会社だ。ヘンな業界のヘンな人たちを集め、ヘンな商品を扱っている。

この「ヘン」の集合体につきあえるか、つきあえないかは、能力の問題ではない、人間の個性であると。

T取締役はT取締役らしくストレートに尋ねた。
「個性って何ですか?」

私は苦笑しながらも、ここは、笑うところではないので真面目に答えた。マーケティングの知識があるとか、ニュースリリース文を書くとかは能力。能力に優劣はある。

個性とは、くだらないことです。
T取締役は、怪訝そうな顔をして私を見つめた。
予想通りの反応だ。

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深夜、葛西へ。そして、銀座。

昼間の渋滞が嘘のようだ。
深夜の首都高速は空いている。猿楽町から葛西まで、クルマを飛ばせば30分もかからない。

一軒家の会社から、T取締役を乗せ、私は葛西へと向かった。車中で話しをしたが、もっと話を聞きたいとT取締役が言うので、西葛西のメキシコ料理店に入った。

Tさんは、一軒家の会社に馴染めなかった。
声は大きいが一軒家の会社は応援団ではない。
応援団のような仕事を仕事をしているが、別に「学生一同、注目!」と声を張り上げる仕事をしているわけではないのだ。

Tさんに、一軒家の会社から離れてもらう話を、T取締役がする前夜の金曜日だった。私はT取締役に言った。

私は「くだらない」の意味を説明した。
たとえば、髪の毛の伸びるのが早いとか、背が高いとか。これは、能力ではなく個性です。
そこに優劣はない。ただ、人間の差があるだけだ、と。

目の前にはメキシコ料理が並んでいた。
「そうそう、辛いものが苦手、辛いものが好き、そこに優劣はないでしょう? 人間の差があるだけですよね」。

T取締役は、この説明でわかった、という顔をした。
手元のノートには、私が述べたキーワード。

能力。
個性。
髪の毛。
背の高さ。
辛いもの。

といった文字が書きとめられていた。

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「わかりました。では、この話を私が明日します」。
T取締役はそう言って別れた。
深夜2時を過ぎていた。

私は眠い目をこすりながら、T取締役を自宅に送った。国道をUターンして、葛西ICの坂を走り、三軒茶屋ICまで走り帰路についた。

眠り足りない土曜日の朝。
T取締役から携帯電話にコールがあった。
「昨日の個性の話を、Tさんに話すにあたり同席してほしい」と言う。

あきれた。
怒った。

……という感情は不思議とわいてこなかった。
心の中のどこかで、予想していたことでもあったからだ。

場所は銀座だった。時間を指定された。

私は定刻通りに銀座に着いた。
T取締役は、人がいい。
人がいい、と呼ばれる人らしく、昨日からの一連の私の行動ではなく、私の駐車場代金のことを心配してくれた。

「西銀座駐車場のお金は私が払いますから」。

そんなところに気配りはいらない。
全体を見て礼を言ってほしい。

……という感情も、不思議とわいてこなかった。
これもまた、心の中のどこかで、予想していたことでもあったからだ。

「あ、ありがとうございます」とだけいって、Tさんがやって来るのを応接室で待った。

Tさんが目の前に座った。
T取締役は開口一番……何を言ったのか?
忘れた。

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「今日は天気がいい」。
「土曜日午前中の銀座も人が少ない」。
「ビルに入館できた?」

ようは、どうでもいい話しの切り出しをしたことだけを覚えている。そんな話のあと、「私がTさんに伝えたいことがある」とT取締役は言った。

え、私は同席するだけではないんですか?
ただの丸投げではないか!

……という感情も、不思議とわいてこなかった。
これもまたまた、心の中のどこかで、予想していたことでもあったからだ。

前夜の話よりも、より慎重になって個性の話をした。

私は、ヘンな会社、ヘンな業界、ヘンな人たち、ヘンな商品に適合しているかのようだが、それは他のヘンではない世界で生きる能力が劣っているから、ここに流れついた。

ここまで来ると、人がいいT取締役はものごとを丸めるのがうまい。場違いなダジャレを言って、空気をなごませる。T取締役にしかできない芸当だ。

こういう話は長くしないほうがいい。われわれは、話が終わると早々に、銀座をあとにした。この日、私が最後にすべきことは、話しを打ち切ることだったので、T取締役からもらうはずの駐車場代金はどうでもよくなった。

能力ではなく個性? ひとつの論理ではあるが、虚の論理だ。虚の論理だからT取締役は、腑に落ちて理解することができなかった。自分で説明することができなかった。

T取締役は、人がいいのだ。
能力ではなく個性。
これは私が無意識のうちに、T取締役に伝えたかったことなのかもしれない。

(終わり)

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そんなロジックで、私は延々といかにヘンの対極、マトモで堅気たちが集まる世界で失敗を重ねてきたか。思いつく限りの恥じかき話をした。

私の能力は優劣でいえば、劣であることのプレゼンテーションだ。その後にTさんの能力は優劣でいえば、優であることを必死に見つけて語った。

まさか、「声は大きいだけが取柄」とは言えない。
「問題発見能力が高い」「ビジネスに対してアグレッシブであろうとする姿勢には、いつも頭が下がる」というようなことを言った。

自分でも恥ずかしくなるくらいに不出来だった。
具体的なエピソードがない!

それでもTさんは、心中、穏やかではなかっただろうが、自分がどう思われ、何事が起きたのかを理解した。

私は話しをT取締役に振り戻した。

メキシコと個性
作成日:2011 年 06 月 22 日

  • 著者:deVillepin
発行:deVillepin

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