何の因果か 猿楽町  |  deVillepin

何の因果か
猿楽町

 

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何の因果か
猿楽町

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昔、猿楽町に一軒家の会社があった。
とてもいい会社だった。
頭文字はMだ。
その会社にEさんがいた。
頭が良かった。T大学出身だった。
マスターズゴルフトーナメントの優勝者を諳んじて言えた。
抜群の記憶力だ。

でも、一歩目がいつも違った。
M社にはU君がいて、いつもEさんの存在に困っていた。ある日、U君は私にEさんが、もし野球のピッチャーだったら……という素晴らしい瞬間芸を見せてくれた。
右ピッチャーが、右足でマウンドを踏む。
キャッチャーのサインを覗き込むポーズをする。
うなずく。
ボールをセットアップする。

さあ、投球するぞ、というその瞬間に。
右足を上げてしまうのだ!
それではボールは投げられない。
ルール違反でもある。
せっかくのピッチングの知識、投球のための身体技能があっても、一歩目が違うと台なしになる。

私は今、その一軒家の裏で小学生を相手に野球を教えている。
ボールを投げるときは、左足をまっすぐにキャッチャー方向に出すこと。
口を酸っぱくして言っている。
この指導をするたびに、U君のEさんを体現した瞬間芸を思い出す。

情けないのは私だ。
私はU君に「さっぱりした餃子」とEさんのことを比喩したことがあるか、どういう意味か思い出せない。

一軒家の会社

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3

「歯を磨きながら顔を洗う」と言った記憶がある。
記憶があるどころか、毎朝、歯を磨くか、顔を洗うたびに、「歯を磨きながら顔を洗う」を思い出す。
でも、自分で言ったことなのに、何の意味だかわからない。

頭文字Mの会社には、Yさんもいた。
「Tさんって、元M社の取締役。人がいい……」とだけ言って、お茶碗のご飯を黙々と食べたことで有名な人だ。

Yさんとのちに仕事をした時、M社の裏手にあるO会長のゴミを写すのが日課だった。区が定めた場所に出さない。

O会長は小学校の校舎ほどの広さの豪邸に住んでいる。お金持ちだが、ケチだ。いや、ケチだからお金持ちだ。

私が教えている野球チーム。練習をすると、ホームベースがちょうどO会長の豪邸の裏手になる。

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4

ホームベースの後ろにはネットが張ってある。
だけど、ファールを打つとたまにネットを越える。
O会長の豪邸の庭に軟式ボールが飛び込む。

他の監督やコーチ。選手である子どもたちはルール通りにファールとカウントしているが、私はホームランと言うことにしている。

相当な数の軟式ボールがO会長の家に飛び込んでいるはずだ。でも、O社長はケチだから小学校にボールを返してくれない。

何の因果か、私は猿楽町で、ピッチャーは左足を前に出すことを教え、ボールを返してくれないO会長の孤独でケチな性格と向かいあっている。

一軒家の会社ができてから、今年で15年の時が過ぎた。

(終わり)

何の因果か
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作成日:2011 年 06 月 20 日

  • 著者:deVillepin
発行:deVillepin

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