Angel Eyes (上)  |  SHIZU

 
 

~シャーロ博士の秘密~

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~シャーロ博士の秘密~

著者紹介

SHIZU(しず)

主に海外のアーティストとの楽曲制作や楽曲リリースなどの活動を行うシンガー/ソングライターの経歴を持つ。「やさしい気持ち~Angel Heart」は、ドイツと台湾のレコードレーベルよりリリースされ、コンピレーションに入って、世界に広く発売されている。

著者SHIZUのウェブサイト:
www.shizusinger.com

 
 

「――このところ、少し良くなったみたいなんですけど・・・時間があると研究室にこもってしまうので・・・」
「そうか。でも、調子がいい時は、外にも出ないとな。こもりっきりじゃ、病気も良くならんぞ」
「そうですね、ご心配おかけしてすみません」


シーナは、この村の中では比較的立派そうな木造の一軒家の扉を開けた。
「ただいま帰りました」
そう言ったが、返事は無い。
しかし、シーナは気にする様子も無く、玄関から家の奥へと入り、突き当りの部屋のドアをノックした。
「シャーロ博士?――少しはお散歩でもしませんか?」
そう言って少し待ってみたが、やはり返事は無い。
シーナはドアを開けた。

 

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第1章 シャーロ博士の秘密

どこまでも突き抜けるような、晴れ渡った青い空。
小鳥のさえずりがあちこちで響き、森の木にリスが駆け上がって行く姿が時おり見える。
世界有数の大都市を抱える大国ハイデンのイメージとはほど遠く、森に囲まれた小さなウォートル村には、魔物の気配も無く、平和で穏やかな時間が流れていた。
村の小道を、質素な黄土色のワンピースを着た女性が歩いて来る。
地味な格好をしているが、漆黒のような長い黒髪に、きれいに澄んだ黒い瞳が印象的な麗しい女性だ。
女性が小さな畑の前を通りかかった時、畑仕事をしていた年配の男が、額の汗をタオルでぬぐいながら振り返った。
「おかえり、シーナ。じいさんの調子はどうだい?」
女性は困ったような笑みを見せながら、男に答えた。

「シャーロ博士?何を・・・」
「聞いてくれ。おまえに話しておくことがある」
シーナはひどく混乱した様子だったが、シャーロ博士に強く手を握られ、不安そうな表情でベッドの端に腰を下ろした。
「――わたしはずっと薬の研究、開発をして来た。世の中の役に立ついい薬を作るためにな・・・しかし、一度だけ、悪い薬を作ってしまったことがあったんだ」
「悪い薬?失敗作のことですか?」
「いいや、失敗作ではない。薬の出来は成功だった。しかし、悪い薬だったんだ」
「・・・どういうことですか?」
シーナはますます困惑した顔で、たずねた。
「昔・・・まだシーナを養女にする前の話だ。わたしは・・・まだ若かった。少しずつ高額な金が入ってくるようになり、もっと金持ちになってやろうという野心でいっぱいだった頃だ。そんなわたしに、高額の報

ガチャッ。
カーテンが閉まった薄暗い部屋のベッドに、老人が横たわっていた。
部屋はさまざまな書類が散らばり、液体の入ったビンがそこら中に置かれていた。鼻をつんとさせるような、変わった匂いもする。
シーナはベッドに歩み寄り、老人に声をかけた。
「シャーロ博士?眠ってたんですか?」
シャーロ博士と呼ばれたその老人は、ゆっくりと目を開けた。
そして、シーナを見ると目を細め、温厚そうな笑みを浮かべた。
「シーナ、よかった・・・間に合ったようだ」
シャーロ博士は横たわったまま、しわがれた声で、ゆっくりと口を開いた。
「――何のお話です?」
シーナは戸惑った様子で、聞き返した。
「すまない、シーナ・・・わたしは、もう長くない」

 

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酬を与えるからと、内密に、ある薬の開発をするよう頼んできた魔術師がいた。わたしは、その薬がどんなことに使われるかを考えるより、魔術師が提示した報酬につられてしまったんだ」
シャーロ博士は、真剣に話を聞いているシーナを見つめながら、続けた。
「今考えれば、恐ろしい依頼だった。――その薬を飲んだ人間は、徐々に狂い始め、自分の意思とは関係なく、邪悪な魔物を自分の中に呼び込んでしまう。そして一瞬、魔物の力で、人間では不可能なとてつもない力を得られるが・・・その後は、その人間は破滅してしまうんだ・・・」
「博士はその薬を・・・作ったんですか?」
「作った。しかし、作った後で恐ろしくなり、魔術師には渡さなかった。理論的には完璧だったが、実験などしていないので、実際の効き目はわたし自身もわからないが・・・」
シャーロ博士は顔をゆがめ、苦しそうに目を閉じた。
シーナはシャーロ博士を見つめながら、不安そうにた

ずねた。
「それで・・・どうなったんです?」
「薬は渡さなかったのだが、留守にしている間に盗まれたんだ」
「えっ・・・」
「わたしは何もできなかった。魔術師とはもう連絡がつかなくなっていたし、わたしがそんな薬を作ったと公にすることは、わたし自身の地位を失う行為でもあったからな・・・」
シーナは何か言おうとしたようだったが、言葉は出なかった。
「その後、わたしは・・・あの薬のことは、考えないようにして生きていたが・・・新聞でオクトルの事件を読んでぞっとしたんだ」
「私の町の・・・?」
「そうだ。オクトルは、前代未聞の自爆テロによって、町そのものがほぼ消滅した。人間ひとりの自爆テロでは考えられない威力だった。そして今だに、あの時に自爆テロを行った人物も使われた爆弾も謎のまま

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になっただろう」
「――いいえ」
シーナは目線を落としたままだったが、はっきりとした声で答えた。
「シャーロ博士は・・・わたしが6歳の時からずっと、わたしのこと、とても大事にかわいがってくださった。わたしの人生は、家族と過ごした時間より、博士との時間の方が長いんです。わたしが憎むのは・・・その薬を使った人間です。博士じゃない」
シャーロ博士はしわだらけの手を伸ばして、シーナの長い髪をそっとなでた。
「シーナ・・・おまえはこの村を出て、都会に行きなさい。フロートル辺りがいいだろう。そのための金なら、おまえのために十分に蓄えてある。都会では、大勢の中に紛れて目立たないように暮らすんだ・・・」
「・・・なぜです?」
「わたしがいなくなると、この村はおまえにとって危険になるかもしれない。実は・・・」

だ。しかし・・・」
シャーロ博士はその後の言葉をためらうように、一瞬間を置き、再び決心したように口を開いた。
「もし、あの薬を飲んだ、もしくは飲まされた人間が爆弾を抱えて爆発すれば、とてつもない大爆発を起こすだろう。町がひとつ消滅するくらいのな・・・」
「・・・」
「わたしは・・・あれは、もしかしたら、わたしが作ったあの薬のせいで狂った人間、もしくは狂わされた人間が絡んだ事件ではないかと思っている」
「・・・」
「だからシーナ、わたしは・・・オクトルの爆発で家族を亡くし、孤児になっていたおまえを養女にしたんだ。罪悪感がそうさせたのかもしれない」
シャーロ博士は、ショックを受けたように黙っているシーナを見つめ、言った。
「すまない、シーナ。その薬を作ったのは、わたしだ。わたしは、きっとおまえにとって、憎むべき人間

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シャーロ博士は、シーナから目をそらして言った。
「その薬は、全部で5つあったんだ」
「えっ・・・」
「オクトルの事件以来、不可解な事件の話は聞いていないが・・・もしかしたら、誰かがあと4つ、あの薬を持っているかもしれないんだ・・・」
シーナは思わず息をのんだ。
シャーロ博士は続けた。
「そして、これもおまえには話していなかったが・・・わたしは薬を盗まれて以来、何者かに脅迫されていた」
「脅迫・・・?」
「そうだ。だから、縁もゆかりも無いこんな田舎に、目立たないように住むことにしたんだ。しかし、先月あたりから、また脅迫文が届くようになってな・・・」
「あ・・・差出人不明の手紙がたまに来ていたのは・・・」
「そうだ。読んですぐに破棄していたが、内心は恐

ろしくて仕方なかったんだ」
シャーロ博士はまっすぐにシーナを見つめ、最後の力を振りしぼるように言葉を発した。
「シーナ・・・これでわたしの話はすべてだ。わたしがいなくなれば、おまえの身が危険になる。どうか都会へ・・・フロートルへ・・・わたしの名前は口にするな・・・」
「シャーロ博士・・・」
シャーロ博士はゆっくりと目を閉じた。
その目は、二度と開かれることはなかった。

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りました」
シーナが手を振り、村人たちも手を振った。
横に停まっていたタクシーから、タキシードを着た運転手が出てきて、シーナの手からスーツケースを受け取った。運転手は、ていねいにスーツケースを車のトランクに入れる。
シーナがタクシーに乗り込もうとした時、年配の村人たちの中から、若い青年がすばやく出てきて、シーナに手紙を渡した。
驚いた顔をしたシーナに、青年はすばやく小声で言った。
「これ、あとで読んで。読んだら誰にも見つからないように、破いて捨ててくれ」
「えっ、あ、うん・・・」
シーナは青年に圧倒されたように、そう答えた。
青年が車から離れ、ドアを閉めたところで、運転手が運転席に着いた。
「よろしいですか?」
運転手が礼儀正しい口調でシーナにたずねた。

「シーナ。本当に行ってしまうんだな」
「ずっとじいさんの家で働いてたから・・・シーナちゃんがフロートルなんかでやっていけるのか心配だねぇ」
「都会暮らしが合わなかったら、帰っておいで。うちの畑を手伝ってもらうから」
「ここにずっといればいいのに。じいさんは、なんでまたフロートルなんて大都会に行けなんて言ったんだか・・・」
のどかに晴れ渡った空の下、小さな村、ウォートルでは、村人たちが集まって、シーナを囲んでいた。
シーナは地味なブラウンのワンピースに、長靴のようなブーツを履いて、ショルダーバッグを肩から下げ、スーツケースを持って、笑顔を見せていた。
「きっと、シャーロ博士は私を自立させたかったんだと思います。博士の最後の言葉なので、がんばってみようと思います」
「無理しないでね。いつでも帰っておいで」
「はい。ありがとうございます。皆さん、お世話にな

「あっ、はい・・・お願いします・・・」
村人たちが見送る中、タクシーは走り出した。

見慣れた畑や森がみるみる遠くなっていくのを、シーナはぼんやりと車の窓から見つめていた。
そして、はっと気付いたように、村の青年に渡された手紙を開いた。

「シーナへ
本当は口で言いたかったけど、連日のお別れ会で、誰が聞いてるかわからなかったから、手紙を書くことにしたよ。
これからフロートルへ旅立つシーナに、実は、あることを言うべきかどうか悩んでいた。でも、じいさんも死んでしまった今、ひとりで旅立つシーナには、やっぱり言っておかなきゃいけないと思い、今、こうして手紙を書いている。
俺は、先月、じいさんが燃やしていた書類の中で、燃え残っていた手紙みたいな切れ端を見つけた。その切

れ端では全文はわからなかったが、じいさんに宛てられた手紙のようで、「~の契約をしなければ、おまえと娘のシーナの命はない」って書いてあった。
”~”の部分は燃えてて読めなかった。
何の手紙かわからないが、具合が悪そうなじいさんに聞くのも気がひけたし、シーナにも言えなかった。
たぶん、じいさんみたいな仕事をしてると、いろいろなことがあるのかもしれないが、「命はない」ってのは、かなりやばいと思うんだ。
じいさんはやばいやつから目をつけられてたのかもしれない。そして相手はシーナの名前も知っている。
フロートルに行ったら、偽名を使った方がいいかもしれない。
どうか気をつけて。
ビード

追伸・手紙の切れ端は俺が燃やしておいた。誰にも言
ってないから、安心してくれ」

 

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