崇(たかし)と由紀の物語 1  |  takahito

 

崇(たかし)と由紀の物語
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あらすじ・主要登場人物

 二十六歳にもなって無職。「こんな人間、俺だけか」と思いながらいつものように行きつけの居酒屋へと向かった下村崇は、中学三年のときに同じクラスだった島村由紀と偶然なのか必然なのか再会する。
 クラスが一緒だったというだけで、会話を交わしたこともない二人が地元で繰り広げるどたばた(?)話、ここに開幕です。

【下村崇】
 自分をダメ人間と自覚している二十六歳。
【下村真奈美】 
 崇の双子の妹。CDショップ『Music Hill』の店員。
【島村由紀】
 崇の元同級生。女優を目指していたのだが……?
【遠藤未樹】
 由紀の高校時代の三年間同じクラスの同級生。母校の高校に務める女教師で一年六組(のち三年四組)の担任。教科は英語を担当。
【川俣菜穂】
 由紀の友人で高校時代からのつき合い。美容院『カットしちゃうけど?』の店員。
【保原麻衣】
 崇の中学時代の先輩であり初恋の女性。居酒屋『保原亭』の店員。二十七歳。

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【保原一郎】
 居酒屋『保原亭』店主。五十四歳。
【高橋源次】
 書店『高橋書店』店主。五十六歳。
【磐梯茉莉】
 市内の高校に通う女子高生。十六歳。高橋源次の孫。

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 職が見つからなくて、毎日を家の中で過ごすようになって、ええっと、何年だっけな、と下村崇は両手の指を折って数えるが、むなしくて止めた。
 こういう仕事がしたい、という熱意はとっくに破棄したも同然で、ダメ人間まっしぐらというか絶賛驀進中! なわけだが、威張れるわけない。 
 市内の実家で暮らしているが、昼ごろ起きて、目的もなく街をうろうろ、夜は日付けが変わるまで街をうろうろ。
 不審者丸出しだ。
「あら? もしかしてタタリくん?」
 もうそろそろ晩飯だなと思って、駅から少し離れたところの居酒屋に入ろうとしたとき、背後から声をかけられた。
 アニメ声、といえばいいのか。しかし、 俺に声優のお友達なんていねえしな。というか、 

崇(たかし)と由紀の物語 その1

タタリってなんだ。それ、小学校から中学卒業時まで呼ばれていたあだ名じゃねえか、と崇は実に十年ぶりに思い出した。『崇』と『祟』って似てるけどさ、と思うが、自分の名前の漢字が『たたり』とも呼べるので否定はできないのだけど。崇は不信に思いながら振り向いた。
「あっ、やっぱりタタリくんだ。中学の頃はこーんなに太っていたのに痩せたねえ」
 彼女は両手を両脇腹から左右に引いて、崇がいかに太っていたか説する。それを見た崇は、関取よりもふくよかだったのかよ、とツッコミたかったが、彼女の名前を訊いていないことに気づいたのでやめた。ショートカットヘアで二重瞼、顔と体躯は全体的に痩せている。ノースリーブにジーパン、パンプスという格好だ。
「あー、確かに、タタリって呼ばれてたが、ちゃんとした名前があんだよ。下村崇っていう……つか、あんた誰?」

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 由紀の言葉すぐに崇は反応できず固まっていたが、
「お、おう。そうだな。そうするか」
 とぎこちなく応えたのだった。

 由紀の家は大学向かいの二階建てアパートだった。二階の中央が由紀の部屋だ。洋間のワンルームで、一人暮らしにはちょうどいい広さだった。玄関を上がると狭い空間にキッチンとトイレ、バスルームがあって、奥が七畳程度のリビングがある。そこで崇は足を止めた。
 由紀は小型の冷蔵庫から缶ビール二つとポテトチップス(え、冷蔵庫にポテトチップス? と崇は訝しむ)を取って顔の前で掲げながら、「とことんつき合ってもらうぞ、崇君っ」
 と誰の真似かは知らないが男の口真似をして言い、リビングに入って行く。崇も由紀に続いてリビングに入ろうとして、はたと足を止めた。
 ――島村さんの寝室も兼ねているわけだよな?

「え、知らないの?」
「……知らないも何も、さっぱりなんだけど……」
 彼女がぐいっと詰め寄ってきたので、崇は仰け反りながら言った。
「まあ、話したことなんてなかったしね。えっと、島村由紀です。……三年生のとき、クラス一緒だったんだけどなあ」
 ははは、と由紀は自虐的に笑い、崇の右腕を引っ張った。
「お、おいおい何すんだよ」
「え? だって、ほら、お店休みだよ」
 何、と前を向くと、店の中は真っ暗で、『定休日』と印字されたプレートがかけられていた。彼女はがっかりする崇の肩に手を置くと、
「うちおいでよ。久々に会ったんだもの、一緒に呑もうよ」
 何と大胆なことを言うんだ、この人は、と驚かざるにはいられない。いくら同級生とはいえ面識はほぼ皆無といっていいのだ。そんな男を安易に家に招こうとするなんて。

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 豪快な飲みっぷり、豪快な食べ方に崇は呆然、唖然、感心し、珍獣でも発見したような眼で見た。
で、ポテトチップスを咀嚼し終えて由紀は、「ん~、適度に冷えてて、美味じゃのう。……どうしたの、タタリ君? そんなびっくりした顔しちゃって」
 変なのー。と続ける由紀。崇は、変なのはあんたじゃね? と内心で突っ込み、崇もポテトチップスを食べようと袋の中へと手を入れ、はたと動きを止めた。
 ――このポテトチップス、何日間冷蔵庫に放置していたんだ? だいたい、ポテトチップスを冷蔵庫に入れる意味がわからねえし、ポテトチップスってナマモノだったっけか?
 崇は頭を抱えたい衝動に駆られたが、一枚手にしすると冷たい感触が指先に伝わり、慎重に口に運び齧る。
「……マジで冷えてるし」
 つい、声が出てしまった。
「信じらんねえ……」

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 そう思うと急に緊張してきた。別にこういうことは初めてではないわけだから、緊張するほうがどうかしているとは思うのだが。
 すると、リビングテーブルに缶ビールとポテトチップスの袋を置いて座った由紀が崇を見て、
「どうしたの? そんなとこに突っ立っちゃって」
 と至極当然なことを尋ねてきたので、崇は、何でもない、と冷静に応えて窓際を背にして座った。
 由紀がそれを確認すると缶ビールを一つ手にしてプルタブを開けた。そして、彼女は一気に呑み干して、ぷはあっ、と息継ぎをするかのような声を上げ、アルミ缶をテーブルに叩きつけた。次に、ポテトチップスの袋を開封し、手を入れて引き抜くと、片手いっぱいに何枚ものポテトチップスを鷲掴みし、信じられないことにそれを口に運んだ。数が数だけにすべて口に入るわけがなく、ぽろぽろと何枚か床に落ちたのだが。

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 目頭がジーンとするのは気のせいか? 決して感動したわけじゃねえぞ、と自分に言い聞かせて二枚目を口に運んだ。
「崇君っ」
 由紀は大声で崇に問いかける。膝立ちをして崇の背中をバンバンと叩くサービス付きだ。当然、冷えたポテトチップスを咀嚼中の崇は驚いて、噴き出しそうになり、それを寸前で阻止に成功、飲み込んだ。
「い、いきなり何すんだよ、もう少しでテーブル周辺とあんたが大惨事になるとこだったろうがっ」
「ひひひっ、大惨事だなんて、オーバーねえ」
 由紀の引き攣り笑いに崇は少し引いた。あの飲みっぷりだ、酔いがすぐまわってきたのだろう。その証拠に由紀の眼差しは眠たそうだ。
「……で、何すか」  
 呆れながら尋ねると、由紀の眠たそうな顔が一転、しょぼんとしたものに変わった。表情変わんの早っ、と崇は少し仰け反った。
「ん~、今、何してんのかなあって」

 そんなこと訊かれても困ります、と崇は思った。だって、無職だぜ? 絶対、引くに決まってるじゃねえか、と躊躇してしまう。しかし、こう、見つめられては話さないわけにはいくまい。
「ダメ人間まっしぐら……って言えばいいのかね。毎日だらだらしてっけど」
 ぼそぼそっと言う崇の近況を、由紀はポカンと口を開けたままで固まっているだけ。
 あ、これって滑ったのか? とヒヤヒヤしながら待つこと約三分。由紀はポンと手を叩いて、両手人差し指を崇に向けながら、発見、と一言。
「は……?」
 崇は由紀の言ってる意味がわからず口をあんぐりと開け由紀を凝視。
「いや、え、発見って?」
 困惑しながらもそう尋ねると、
「よくぞ訊いてくれました! 私もね、今、無職なんですよ」
 由紀は胸を張って堂々と言った。

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 おいおいおい、ここで戻すなよ、とヒヤヒヤしたものの、由紀は立ち上がりトイレに直行した。それを見ながら、下戸なのかよ、と崇は独り言を口にした。
 一分ぐらい経って戻ってきた由紀は、どこかげっそりと痩せたような気がして、
「大丈夫か? さっきより顔色よくねえぞ」
 と声をかけ、
「へ、へへ……大丈夫――うっ」
 力無い笑みで返答した由紀だったが、また口元を手で押さえてトイレに直行。
「……全然、大丈夫じゃねえじゃん」
 呆れながらポテトチップスを一枚つまんで咀嚼。
「……まだ冷えてる」
 けど、美味いな、と言ってビールとポテトチップスを口にしながら、なかなか出てこないトイレのほうへ視線を向けると、ちょうどドアが開いて、また一段とげっそりした由紀が姿を見せた。どこか目の焦点が定まっていないような気がするような。

 そんな偉そうに言えることか、と崇は呆れたが口には出さない。
「へ、へえ。それはまた、奇遇だな……」
 代わりにそう言ったが、ここにも『同類』がいたのか、と哀しい気持ちになり、威張れねえよな、これ、と思った。
「でね、タタリ君と私、無職でしょ? 無職同士、仲良くお付き合いしようじゃないかって思うんだよね。……無職同盟。おおっ、この響きいいかも!」
 だからタタリって言うな、と思いながら、お付き合い? 無職同盟? え、何言ってんのこの人。同士も同盟も嫌だっつの、と小声で言うとビールをぐびぐびと飲み、ここは軌道修正しねえとなんねえな、と気を取り直して、顔を上向きに仰け反らして引き攣り笑いをする由紀に尋ねようとしたのだが。
「うっ。気持ち悪い……」
 今し方まで仰け反って笑っていたと思ったら今度は口を両手で押さえながら言う。どうやら酔って吐き気がするようだ。

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「お、おい。大丈夫か? お前、冗談抜きで顔色悪いぞ。病院行って点滴――あ?」
 トイレから出てきたのはいいが、由紀は立ったままピクリともしない。
 まさかな、と思って由紀の前に立って顔の前で手を振ってみること数回。
「……立ったまま気絶しやがった」
 器用な奴だなあ、と呆れとも感心ともつかない複雑な心境で、崇は溜息を吐いた。

 やべっ、一泊しちまった、と崇は飛び起きて猛烈に焦った。あの後、立ったまま気絶した由紀をベッドに寝かせ放置し、一人でちびちびとビールを飲み続けているうちに寝てしまったようだ。
 やべえ、やべえ、と焦っているところへ、
「あ、おはよう、タタリ君」
 と声がしたので顔を上げると、右手にイチゴジャムの瓶、左手にはパンを直に持ってリビングに入ってきた。昨日のげっそりとした顔ではなく、血色が透った健康的な顔をしている。

 回復すんの早いなあ、と崇は呆れた。
「いい天気だよねえ。タタリ君も朝ご飯食べなよ。今用意するから」
 と自然に言うものだから、
「あ、はい、じゃあお言葉に甘えて……」
 とつい反応してしまい、いや違うだろっ、と自分の言動に突っ込み、危うく床に頭突きをかますところだった。
「どうしたの?」
 崇の奇行を不審に思った由紀は、私は何も見ていませんよ、といった感じでそう問いかけ、対する崇は、ここが由紀の部屋だということにパニックに陥り、由紀の存在を忘れて奇行を犯す寸前までいってまった。冷静になるように自分に言い聞かせて、
「い、いや? 何でもねえ……俺、腹減ってねえから」
 声は若干上ずってはいたが、誤魔化し、断った。そう? と由紀は首を傾げ、イチゴジャムがこれでもか、というほど塗られた食べかけのパンを齧る。

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