CANDy BLOOD  |  candyblood

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「なんで?なんで?」
が口癖だった幼少期、
『どうしてそうなるのか?』


という“理由”を知りたがった、、、らしい。


母がよく、そう言っていた。


そして、もうひとつ、、、

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独自のモノ作りに没頭していた幼少期だった、、、らしい。


自分では覚えていない頃の話である。



それから僕は道を間違えた、、、

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中学生になると、僕はグレて教護院に送致された。

中学3年生で地元中学に戻されたが、素行が悪く中学を退学させられてしまう。

その後はお決まりの暴走族。でも、モノ作り精神だけは健在で、オートバイの改造に明け暮れる日々。

お金だけの為に20代で運送業を立ち上げるも、充実感が無い毎日に嫌気がさす。

『俺はこのままでいいのか?』という自問を繰り返す日々、あの事件は起きた、、、

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仕事中、トラックに乗っていると突然発作に襲われた。パニック障害だった。
今でこそ知られているが、当時はまだ知られていない病気で、その日から僕の地獄の生活が始まった。あれだけ居た友達が僕の元から去ってしまい誰も居なくなった。
何度も発作に襲われ、眠れぬ夜が何日も何週間も何ヶ月も続いた。少し眠れたと思うと、あの夢を見て飛び起きる。巨大な何かに追いかけられ、崖から真っ逆さまに落ちる夢、、、
『今日ゆっくり眠れたら、明日死のう。』
そう本気で思う日もあった。
『このままでいいのか?』そう自問すると答えは決まってこうだった、、、

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『絶対に嫌だ!』
それから3年半その生き地獄は続いた。

誰とも話もせず、ひたすら自分と向き合った。

薬も飲まず、ひたすら耐えた。

ずっと僕は独りぽっち。

飛行機に飛び乗り、新しい人生に覚悟を決めた。

僕はバリ島に行き、家具を仕入れた。

バリ島家具屋をオープンさせた。

その後は、テレビ局も取材に来てくれる店に成長した。

でも、僕の好きな事はモノ作り。

モノ作り精神が途絶えた事は一度も無かった。

そして、やがて僕は革製品を手がけて自ら作った。

こちらもテレビ局からの取材があり、売上げが数十倍になった。

店を始めて約10年。変わらぬ想いがある、、、

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それは、“独自性”

誰からも好かれたいとは思わない。


俺の奥にそっと湧き出ているアイデアに、耳を傾けて聞くだけ。


そして、『誰の、何』を作っているのかを理解するだけ。


そうすれば、あとは勝手に心がこもる。

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目的は、世界に通用するモノ作り。

手にした人が歓喜を上げ、衝撃を受けるモノ作り。

ハリウッド映画でCANDy BLOODが使われて銀幕デビューを果たす事。

そして、世界の大舞台から声がかかる事。

でも、規模は小さいままがいい。

小さくても世界へ、、、

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