BLACK PERFUME あばれ旅 全SS  |  pinksun

 

 
 
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目次


おトトの花道 ……………………………………5

ある晴れた日の午後 ……………………………35

海辺のアルバム …………………………………57

ナナの天国 ………………………………………85

天国にいちばん近い湯島 ………………………105

 
 

003

 
 

 深夜零時を回る頃に帰宅して、柴山は普段滅多に身に着けないネクタイを緩めた。やっと少し気分が楽になった。
 「難しい顔してるわね。何の話だったの?」
 妻の亜美が、上着を受け取りながら尋ねる。その日、柴山はConfuseの企画開発部長である高橋から呼び出しを受けていた。「大事な人と会うからな。ちゃんとした格好して来いよ」 そう念を押され、慣れないスーツ姿で出掛けたのだった。
 「うん……いや、大したことじゃないよ。いつもと勝手が違って肩が凝っただけだ」
 柴山は返事をため息で濁しながら、唇の端を歪めて笑顔らしきものを作った。この数ヶ月、思わぬ騒動に妻を巻き込んでしまったことを彼は申し訳なく思っていた。これ以上、彼女にいらぬ心配を掛けるわけにはいかない。

★  ★  ★

 

おトトの花道

005

 
 

007

 
 

 Confuseへ入社する以前に人気テクノ歌謡バンドの一員として活躍した柴山は、グループ解散後、作曲家として多くのアーティストに楽曲を提供するほか、さまざまなイベントやキャンペーンなどに使用する音楽の制作も手がけていた。しかし、ほとんどの作業を一人きりで行う日々に、彼の神経は徐々に疲労を蓄積していった。
 そんなとき、ある舞台の観覧に彼を誘ってくれたのが、大学時代の先輩で、音楽業界人として親交もあった現在の部長、高橋だった。
 その舞台は、Confuseが提携する地方の芸能スクールの生徒が出演するライブパフォーマンスとミュージカルをミックスしたようなスクールの関係者や身内向けの内容で、彼の目から見れば素人臭くお世辞にも洗練されているとは言い難いものだった。しかしそこで繰り広げられる光景に、彼は魅せられた。荒削りだが、からだ全体から未来への熱い希望のみを発散させている少年少女たち。自分の力を信じる以外に何の根拠も保証もないのに、底抜け

の希望から生まれる一途な気持ちが痛いほど伝わって、彼はいつしか心がうち震えてくるのを感じた。
 「いいだろう、この子たち」
 高橋がステージに目を向けたまま柴山に言う。
 「いやあ、何だか久しぶりですよ、こんな気分になったのは」
 答える彼の声は、少しかすれていた。
 「やっぱりわかってくれると思っていたよ。君はひとに曲を提供するとき、実に的確にそのアーティストの内面を見抜いている。楽曲自体が批評になっているんだ」
 柴山は驚いた。高橋が自分の仕事をそんなふうに見ていたとは。彼は返答に窮して、はあ、と気の抜けた声を出した。高橋は続けた。
 「ただ惜しいことに、的確すぎて作品としては面白みがない」
 高橋はそこで言葉を切り、にやりと笑った。まったく痛いところを突くものだ。柴山がこのところ仕事に行き詰まりを感じていたのは、まさにその点で

 柴山は高橋の誘いに応じ、作曲活動を一時休止してConfuseに入社した。
 会社が求めていたのは、そのころ無視できない現象を巻き起こしはじめていたモーニング少女隊に対抗できる、新しい女性タレント集団を作り上げることだ。しかし、Confuseはオーディションで手っ取り早く人材を集める方式をよしとしなかった。入れ替えのきく部品としてではなく、実力を持った個人の集合体こそが「モー女」に対するカウンターになると考えたのだ。そんな新人の発掘は当然地味で時間のかかる作業になるが、高橋の思惑どおり柴山の眼はその力を存分に発揮した。提携する各地の芸能スクールや地方の小さなライブハウスにまで精力的に足を運ぶなかで、柴山はいくつもの原石を発掘していった。やがてその原石たちは、何組かのユニットやソロアーティストを統合したHornetプロジェクトとして実を結ぶこととなる。
 いよいよプロジェクトが始動の時を迎えるという頃、柴山には一つのユニットが気にかかっていた。

ある。どうしても越えられない壁に、行く手を阻まれているような感覚だったのだ。
 「才能がない、てことでしょうかね、結局」
 自嘲気味に柴山は言った。ついさっきまでの高揚感はすっかり消えていた。
 「いや、才能はあるよ。ただしそのレベルの才能持ったものは少なくない」
 「なんだか遠回しに自分を否定された気分ですね」
 「気を悪くしたなら謝る。ただ俺は、君の飛び抜けた才能を貸してほしいんだ」
 「飛び抜けたって、いま、僕を凡庸だと言ったばかりじゃないですか」
 柴山は少し気色ばんだ。
 「借りたいのは君の眼だ。人を見抜く才能だよ」
 意外な言葉に彼は一瞬呆然としたが、やがてああそうか、と得心した。先輩が自分をここに連れてきた理由、そしてタイミングはすべて繋がっていたのだ。それまで考えてもみなかった道が、目の前に開けていた。

 
 
 

009

 

011

 

うちの一人から投げかけられた言葉──
 「最後まで見ててね」
 むろんそれは、その日のステージを見届けてほしいという意味だった。しかし彼は、それ以上の重みをそのひとことに感じ取った。彼女たちに関するすべての責任を柴山が負うという条件で会社は折れ、三人はHornetの最後の枠を埋めたのだった。
 その後の三人、BLACK PERFUMEの活躍は、すでに衆人の知るところである。

★  ★  ★

 「ほんとにウソつくのが下手だね……」
 妻は笑って言った。
 「……私なら大丈夫だよ、あの騒動のことを考えたら、大抵のことは平気になっちゃった」
 そうだった。彼女は三歩下がって歩くふうで、実はいつでも自分の三歩先を読んでいるのだ。
 「ばれたか。しょうがないな」

 広島のアクターズステージに通う、まだ中学生の三人組だ。すでにスクール内では一定の評価を与えられてはいたものの、彼がそれまでにスカウトしたタレント候補生と比べて力の差は歴然としていたためHornetに参加させることは考えていなかった。だが単純に切り捨てることを躊躇わせる何か他と違った色合いを、三人は纏っていた。柴山は、成果を形にしたかったスクール側の主導によるCDのリリースイベントに同行するうち、このままの路線で彼女たちを埋もれさせてしまうのは惜しいという思いを強くした。彼の耳には、それらの楽曲が三人に相応しくは、まったく聴こえなかったからだ。
 柴山はその三人組のHornetへの参加を幾度もConfuseに進言したが、会社側はなかなか首肯しなかった。彼らの望む実力を持った個人という条件に、三人は及ばないと考えられたのだ。一旦あきらめかけた柴山の背中を押したのは、広島のとあるショッピングセンターで行われたイベントでの出来事だ。ステージに向かう三人を見送る際、その

 

013

 「もう5、6年前になりますかね、作ったのは。どうしてこんなもの持ってんですか?」
 「なんだ知らないのか。今これ、話題の的なんだってよ」
 「え!?」
 寝耳に水だった。高橋によると、ある情報番組で取り上げられたのがきっかけで、じわじわと人気になっているらしい。業者向けのプレスのみで市販はされていないCDだったため、関係者筋から会社に問い合わせがあったということだ。
 「へえ、これで売れたら儲けもんですね。ははは」
 軽口を叩く柴山だったが、事態はその程度で収まるものではなかった。

 ほどなくメディア各社の取材が柴山のもとに殺到するようになった。会社も最大限の対処をしてくれたものの、あっという間に、とても仕事のできるような状況ではなくなった。BPのマネージメントやそれに付随するあらゆる作業が影響を受けた。それ

 柴山の作り笑いは苦笑いに変わっていた。

★  ★  ★

 「これ、君が書いたんだろう?」
 BPのニュークリア三部作をリリースし終えた興奮がおさまり、一時の達成感も気怠さを帯びてきたある日、柴山に高橋が一枚のCDを差し出した。
 「ああ、これは懐かしいものを。いやはやお恥ずかしい」
 それは作曲の仕事がまだ少なかった頃、知人の作詞家を通して依頼された曲だった。年々減り続ける魚の消費量をなんとか増やしたいと日漁連という団体が企画したもので、全国のスーパーや鮮魚店で流すための覚えやすく明るい曲調が求められていた。しかし作詞家と話し合うなかでその曲は徐々に、人間に捕らえられ食べられる魚たちの悲哀を歌うものになっていった。そうして生まれたのが高橋の手にしているCD『天国のおさかな』だった。

 
 
 

図らずも、ニュークリア三部作の合計を越えるCDセールスを記録したのは複雑な思いだ。少人数ではあるが十分な才能を備えた人材が知恵を絞り、手間を惜しまず作り上げたBPの作品より、たまたまテレビで紹介されて火がついた曲のほうがずっと世間に認知されるという現実を目の当たりにして、彼は自分のやってきたことに疑問を抱かざるを得なかった。はたしてこの経験を、これからのBPに活かせるものだろうか。

 そんな柴山の気持ちに関係なく、世間はずるずると『天国のおさかな』にぶらさがり続けた。やがていつ果てるとも知れなかったこの一大ページェントにクライマックスが訪れる。柴山亜美の紅白歌合戦ゲスト出演だ。最初は何が何だかわからないうちに巻き込まれた形になった亜美だが、人前に出るのを好まない彼女にとって、この数ヶ月は苦痛以外の何ものでもなかった。彼女の限界が近づいているのを知る柴山は、年内いっぱいで『天国のおさかな』に

 

015

 
 

だけで済めばまだよかった。しかし、困ったことに当時は全く予算がなかったため、声楽家でボイストレーナーでもある彼の妻がこの曲の歌唱を担当していたのだった。
 作品に対する興味は、やがて作品の消費へと向かう。そのときマスメディアはCDの音楽を流すだけで事足れりとはしない。当然、本人にその場で歌ってくれ、と要求することになる。こうなると、まるで夫婦揃って嵐の海に放り出されたようなものだ。連日のテレビや各種漁業関連のイベントへの出演、次から次へと果てしなく続く取材、ここぞとばかりに持ち上がる怪しげな企画の数々、欲にかられたあらゆる関係者が群がって、狂騒のダンスはその輪をどんどん広げていった。

 その渦の中でへとへとになりながら、柴山は妙に醒めていた。これは必ずしも作品自体が評価されているわけではないし、遠からず何事もなかったように治まる騒ぎに過ぎない。しかしほんの短い期間で