ガール・ イン・ア・フォレスト 21字入ります  |  product1983

Girl
in a Forest

ガール・
イン・ア・フォレスト
21字入ります

 

 

 
 
Girl
in a Forest
 
 
 
 
 

ガール・
イン・ア・フォレスト
21字入ります

 





ガール・イン・ア・フォレスト

003

 
 

Girlin a Forest

ガール・イン・ア・フォレスト

 いまから読んでもらうのは、ほんとうに何も起きない小説です。ひとりの男の子が、ひとりの女の子をすこしずつ好きになっていくお話です。わかりやすい悪い人もいません。わかりやすい良い人もいません。死ぬ人もいれば、生きていく人もいます。怒る人もいれば、泣く人もいて、悲しむ人もいます。少しはどきどきするかもしれませんが、ほんとうに何も起きないのです。凝ったしかけもありません。もしかしたらこんなものを小説と言ったらいけないのかもしれません。ぼくは小説が好きです。楽しいお話は他にもたくさんあります。あなたもぜひ、いろんな小説を読んでみてください。こういうお話を書く人もあるんだなと思ってくれれば、ぼくは満足です。それではどうぞ。ぼくが信じてきたすべてのものに愛をこめて。ぼくが疑ってきたあらゆるものにも、愛をこめて。

 

Girlin a Forest

 

ガール・イン・ア・フォレスト21字入ります

005

 
 

 





あらゆる現実を、すべて自分の方へねじ曲げたのだ。

つした装置にささっている。まるでクリスマスのお飾りだ。装置には細長いマイクがつながれて、口に向けられている。左右のまぶたを指先でつまんでから、パソコンの画面を見る。二十六秒。軽く背筋を伸ばし、小さく深呼吸をする。一ヶ月前から変わらない、三十秒の壁だった。
 森はしんと湿気っていた。よく冷えた、生き物のにおいがする。その中で、蒸れるのはよかった。息をつめると、自分の姿かたちがあぶりだされてくる。目に見えない手が伸び、するするはだかにされていくようなイメージさえあった。森の中で自分の姿が生々しいものになっていくのは、そう悪い気分じゃない。
 だから、自分の声が遅れて聞こえてくるのも、ゆくゆくは快感になるはずだとたかをくくっていた。でも、そんなことは決してなかった。気分ひとつで御せるほど、生理というのはシンプルじゃない。マイク、音声用の装置、パソコン。収録した音からよけいなノイズを取って

Girlin a Forest

 

ガール・イン・ア・フォレスト21字入ります

007

 
 

    I. Analytics

 五月の森の音なんです。たとえばスニーカーが濡れた葉を踏んでいく音。きれいなところだと、キビタキがさえずる声とか、カラマツの葉が揺れる音も聞こえると思います。そこにマイクをかざして、ゆっくり動かす。録音していくんです。ひとつずつ、拾いあつめるように。昆虫を採る感覚で。それで、持ち帰った音をパソコンに保存する。ピンセットでつまんで、虫ピンでとめていくみたいに。フィールドレコーディングって言うんですけど。黒沢さんがズームレンズで撮ってる写真より、ぬるっとしてて、生っぽくて。腐葉土に指を入れて、動かしてるような感じですね……。 そこまで言い終え、頭の半分をすっぽりくるんだヘッドホンを外す。カーキ色の帽子をとり、ノートパソコンのボタンを押して、録音を止める。キーの横にある赤いジャックから緑色のケーブルが伸び、オーディオインターフェイスというごつご

つくりだすためには。
 パソコンの時計を見ると、十五時を回っていた。鳥が枝でも蹴ったのか、少し先で葉が二、三枚落ちる音がした。樹上では吹き下ろしの風が出ているのかもしれない。ここの木は背が高く、風鳴りがまるで人の声のように聞こえることもある。そこまで来て、まだフォルマントの話をしていなかったことに気づいた。パソコンを起こし、ふたたびヘッドホンをかぶった。マイクを酸素ボンベ代わりに、森にもぐっていくように。

    ◆

 地下鉄の駅を降りてしばらく歩くと、ゆり子のマンションがある。オートロックのガラス扉の前に立ち、かけ時計を見ると、もう十九時を回っていた。腕時計はしていない。おかげで両腕はすかすかだ。就職面接を受けたときにも、腕を指され、その理由を聞かれた。おぼえ

ガール・イン・ア・フォレスト21字入ります

009

 
 

くれるソフト、そして大きなヘッドホン。自分の口から耳に伝わるまでに、声は五つのドアをくぐりぬけてくる。そこでタイミングがずれるのはたったコンマ数秒だ。それでも三十秒も聞いていれば、自分の言葉の意味がわからなくなる。
 ただフィールドレコーディングをするのであれば、こんなよけいな脇道はいらない。生の音をそのまま森からはぎとればいいだけだ。雑音を取ったりしたければ、家のパソコンでやればいい。写真を現像するのと同じことだ。みな双眼鏡とマイクだけを持っている。言ってみれば軽装備だ。マイクも耳に入れるイヤホンタイプのものを使っていることが多い。パソコンやマイクがつながった重装備を目にすると、みな一様にぎょっとした顔をする。あいさつだけして通りすぎてしまう。虎か何かを見つけたように。それはそれで別にいい。こっちはただ録音をするだけが目的じゃなかった。つねにクリアーな音を聞いている必要があったのだ。森の音から、人の声を

Girlin a Forest

 
 
 

011

ガール・イン・ア・フォレスト21字入ります

 

Girlin a Forest

体のようだとイメージがわいた。ゆり子からは森にいるときメールが来ていた。ごく単純なメッセージだ。
 パージくん ベッシーのところに行ってから、二十三時過ぎには帰ります。 ゆり子
 ベッシーか。声に出してささやいた。エレベーターの黄色いランプが、じらすようにゆっくりと降りてくるのを待ちながら。ベッシーというのは、いったいどういうタイプの人間なのだろう。まだ若く、一見、どこから来たか分からない。悪者と思われがちなところがある。ぼくは誰とでも親しくなるべきだと、ベッシーは言っていたことがある。ゆり子の手を握りしめて、セミヌードで。まっすぐ目を見て、おごそかに、そういう部族の長老のように。その姿を見て、それが悪いと思えば悪いのだ。ただそれだけのことだった。
 ベッシーがこの国で、日本でパーティの仕切り屋を始めてから三年が経つ。そのベッシーから目をつけられ、テニスコートという貸しスペースでDJをすることに

ている。聞いたのは、ハリスツイードのジャケットを着た面接官だった。青木くん、スーツを着てないのは出版社だから合格だよ。すばらしい。あんなもんさっさと絶滅すべきだ。でも時間がわからないのは不便じゃないかな。そう尋ねられた。まったくですが、誕生日に腕時計が絶滅したんです。そう答えた。なるほど。面接官はうなずいた。選考が進んでも同じことが尋ねられた。履歴書を見ながら。三度目に聞かれたとき、生まれつきそういう体なんです、と答えた。面接官は首をかしげた。モンカゲロウの胸が薄く黄色に輝いているのと同じです。あなたはカゲロウの羽化を見たことがありますか?
 ゆっくり息をつく。ガラス扉をこんこん叩き、ただいま、とささやき声を出す。マンションの夜気はぬるかった。ところどころ落ちた影は、樹液のように粘り気があるように見える。それでも空気はすかすかに乾き、ナンバーロックのボタンもよく冷えていた。ガラス扉が開く音はごろんとして重々しい。マンション全体がゆり子の

 

なったのも同じ時期だ。そう、すべてベッシーがきっかけだった。そもそも、その貸しスペースを作ったのがベッシーだったのだ。ベッシーがこしらえたのは、ビルの地下にあるシンプルな一室だ。コンクリート打ちっぱなしで仕切りはなく、DJ機材を置くスペースが一区画だけ分けられている。広さはざっと横に六メートル、縦に十二メートル。これくらいの広さだと、メインのスピーカーがよく響いてくれるんだ。初めてテニスコートに行ったとき、ベッシーはそう英語で説明した。スピーカーについた、ひし形のコーンをたたきながら。半分だけシャッターの下りた階段を上がりきると、目の前は国道だ。真向かいには、これも三年前につくられた基地があった。自衛隊の通信だ。ピンク色の金網をはさんで、刈りそろえられた青い芝が広がっている。背丈が高めの芝生だった。ここはね、とベッシーは言った。ネップモイという、米で出来たスピリッツを飲みながら。送電線と、電波網が埋まってるんだ。空も白くて広い。観光地

013

ガール・イン・ア・フォレスト21字入ります

 

Girlin a Forest

みたいだよね。それに、ちょっとしたスポーツグラウンドにも見えるでしょ? そう言い、半分だけおろしたシャッターを指さした。ペンキで塗りつぶすように黄色いボールが描いてあった。だから、テニスコートって名前にしたんだ。ベッシーが日本にやってきたのはテニスコートをつくる一年前。自衛隊がアジア諸国から人員募集をはじめたときだ。テストに合格した東アジアの友人たちと一緒に、空港のターミナルゲートをくぐってきた。インターネットのチャットで知り合った仲間がほとんどだった、とベッシーは言う。募集はまだテストケースで、手はじめが通信基地だった。だから採用担当者も、日本の電子楽器やコンピュータが大好きな、ナードな連中ばかり好きになったんだ。そう言って、まっすぐこちらを見つめた。どんな気分? と聞くように。

 エレベーターを降り、緑色のドアの前でショルダーバッグをあさる。大ぶりのキーホルダーを取り出し、ラ

 
 

015

ガール・イン・ア・フォレスト21字入ります

 

Girlin a Forest

イムイエローの常夜灯にかざした。しゃららら、と音を立てて合い鍵が光る。父がひとりで住んでいる実家、貸しスペースのテニスコート、ルームシェアをやっているメガネのマンション。あとはベッシーのハーレム、そしてゆり子の住まい。合計五つの合い鍵から、モスグリーンに塗られた鍵をドアにさしこむ。
 部屋の空気は澱んでいる。昼のうちに蒸されていたようで、まるでせいろの底だった。ゆっくり息を吐き、まぶしい玄関灯を落とす。リモコンをリビングに向けると、オレンジ色のランプシェードがあかるく光った。金魚の影が落ちる。愛人のゆり子も、ベッシーからもらったこのシェードを気に入っていていた。愛人――そう、ゆり子は愛人だ。
 愛人という言葉をはじめて使ったのは、二人で逢いはじめてから五回目のとき。九月の夜のことだった。今日と同じくらい蒸し暑い日で、ゆり子は全裸でキッチンに行き、冷蔵庫を開けていた。ペットボトルの端に口をつ

けて、そのまま水を飲む。セックスの後は必ずそうだ。五回連続で同じことをくりかえしていた。ひとつの儀式のようなものだ。
 ゆっくり時間をかけて飲んだ水を、やはりゆっくり冷蔵庫に戻し、ゆり子は洗濯機にそっと手をかけた。そして深く息をつき、話しはじめた。わたし、小規模融資専門の金融機関ではたらいているの、と。豆電球も消えたキッチンで、ひとり、全裸のまま。
 銀行法人じゃなくてNPOみたいなもので、それまでの信用貸付とはちがうアプローチでお金を扱っている機関なの。これまで銀行は大口の取引ばかりで、貸してあげる人を信用していなかった。だからそれをチェックするための審査や、取り立てをするための暴力団が必要だったでしょう。でも、わたしたちは逆なの。依頼があったら、その人が今、どんな立場にいるかをこちらで徹底的にチェックする。どんな人なのかを正確に見きわめる。骨相学や、声帯学、そういったボディチェックを