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建築家という人種にとってそもそも新しいことを追い求めることこそ本分であり、伝統や様式などといったものは軽蔑すべき古い過去にすぎない。先生の教えをまともに聞こうとしないラディカリストなんである。

社会から閉ざされているようにも見える、怪しい建築ジャーナリズムの世界でも、もてはやされるのはそういう急進的で前衛的な「モダンアート」のような建築ばかりであるから、皆ついそこを目指してしまう。

誰しも感じていることだと思うが、いい建築とはそこで活動する人間にとって快適で適切で心地よい空間が提供されているということが大前提であるはずなのに
それが損われている建築が多すぎるんである。

そういう一見当たり前のことを考えることは想像以上に難しい技術であり、それだけの知能と時間を建築の設計に投じることができていない現実があるのだ。

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結果、世の中の忙しい建築家たちは模型やCGで建築の姿形ばかりああでもないこうでもないとウニャウニャいじくりまわしているうちに時間切れとなってしまうという事態に陥っているんである。実際のところ。

どこの設計事務所にも夥しいスタディ模型が山積みになっている。生け花のように姿形ばかりを追い求める姿勢を物語っている。建築デザインをコンポジションとしてのプロポーションやバランスで決めてしまう。

もちろんスタディもしないで適当に済ますよりはましだと思うけれど、力を注ぐのはそんなところではないはずだ。長持ちする空間と構造と材料を一生懸命考えなければいつまでたってもゴミしかつくれない。

重々しいデザインがいいと言っているのではないし、新しいことをやろうとするのがいけないと言っているのでもない。長寿命化の技術こそが重要なんである。

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本当の豊かさとはなにか、ということをよく考える。経済的に裕福であるということは、豊かであることに違いないが、必ずしも必要条件や絶対条件ではないという実例を多く見てきた。むしろ反対かもしれない。

いま考えているのは「古いもの」を大切にしつづけることができる気持ちが豊かさではないだろうか。古いものを捨てて新しいものに変えることはじつに簡単なことである。労力もいらず、楽なもんである。

古いものを大事にし、手入れをし、修理をし、生かしつづけることは、反対に非常な労力と手間を要する。
大事にされつづけてきた時間の蓄積こそがそのものの本当の価値である。世界に二つとない価値である。

一度壊したり捨ててしまえばどんなに大金を積んでも二度と同じものを手に入れることはできない。お金があればなんでも買えると思っていたら大間違いだ。

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現代の世の中でなにが贅沢かと言えば、なにかをやるのに、たっぷりと時間をかけ、ゆっくりとゆっくりと丁寧に取り組むことができるということではないかと思う。流行の「時短」とは正反対の考え方である。

そんなことは時間がかかるからできない、ということがとても多い。時間=コストという考え方が当たり前になっているので、その言葉の中には「そんなにお金をかけていられない」という意味も込められている。

技術革新の歴史はスピードアップと小型軽量化と経済化と省エネだと言うことも出来ようから、時短の追求は必然の流れなのかもしれないけれど、人間の本性はそんなにせわしないものではないように思える。

ロハスやスローライフなるものも一方で見直されつつある。便利の追求は科学の進歩に寄与したけれども、いいことばかりだったとは言い切れないんである。

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