農ヒューマン農ライフ  |  agristation

第18回 南日本新聞掲載コラム

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潜在意識の中にダイブ

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キク畑の作業ではいつもより、時間が早く過ぎます。また一日の終わりには、自分がやった作業の量がわかり、小さなことの繰り返しを形として確認できます。
 一人でキクの穂を摘んだり、草抜きなどの単純作業を繰り返していると、頭の中が「無の状態」になることがあります。正確には表現できないのですが、普段頭の中で様々なことを考えている状態とは違います。

意識の中に入り込み、内なる自分と心の深い場所で対話をしているような感じになります。土や植物に触れる単純作業の繰り返しのリズムが、入り口になりその体験することができます。
深い意識から普段の自分に帰ると、長く会わなかった友達と久しぶりに会話したようなすっきりした気分になっています。

「無の状態」を楽しみにしながら今日も畑に行きます。

2010-10-11T00:00:00+09:00

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キクのハウスで、収穫は楽しい

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第17回 南日本新聞掲載コラム

2010-10-4T00:00:00+09:00

4月からキクを栽培する仕事をしています。10年前にも花の生産者に栽培技術を教える仕事をしていました。しかし、キクをハウスで栽培して、植え付けから出荷まで自分自身で考え作業するのは初めてです。

以前の講習会で「水は、午前中にたっぷりかけましょうね」と言っていました。しかし、自分のキクを前に、「たっぷりって、どれくらい?」という単純なところから悩みます。水かけの方法、土の状況、キクの生育状況などの要因で「たっぷり」も様々です。
 
手探りでやってきて、半年の経験でだいたいの勘所が分ってきたつもりでした。季節が変わり、暑い時期と同じように水をかけ、かけすぎてしまいました。

「知っていること」、「理解していること」、「実際に自分でやること」の大きな違いを切実に実感しています。

スーパーに来ていた姉と弟が、牛乳を選んでいました。
 弟が手前の牛乳を取ると姉が「奥にあるのが賞味期限が長いのよ」と言いました。すると弟が「これ以上長い必要はないよ。自分たちが買わないと捨てられるかもしれないんだよ」と言いました。
素敵だなと思いながら、賞味期限が少しでも長い牛乳を探していた自分が恥ずかしくなりました。
 毎日飲む牛乳ですが、知らないことばかりです。子供を育てるために血液を母乳として変えることは、人間も牛も同じです。 そのため、出産後の子育て期間にしか牛乳は出ません。子牛が飲む量はわずかで、ほとんどは食卓で消費されます。

おいしい牛乳を届けるために酪農家は牛とともに生活して365日、早朝と夕方2回搾乳を行います。
牛乳は、乳牛と酪農家の愛でできています。

2010-9-6T00:00:00+09:00

第16回 南日本新聞掲載コラム

毎日の作業から牛乳はできている

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母牛と子牛を助けるために

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第15回 南日本新聞掲載コラム

2010-8-30T00:00:00+09:00

出産予定を過ぎても子牛が生まれないため、乳牛の母子ともに危険な状態となりました。みんなで試行錯誤しながら子牛の足にロープをかけて、引き出しました。
ぐったりしている子牛に交代しながら心臓マッサージをしました。長い時間が過ぎ「もういいでしょうか?」と一人が声をかけ、みんなが我に返りました。それでもあきらめられず、死んだ子牛をなでながら声をかけていました。母牛が子牛を見ると情が移るため移動したので、母牛は子供を見ることはできませんでした。
長い処置の間、母牛は一声も鳴き声を出しませんでした。
母牛に「よう、がんばったね」と声をかけ点滴をして体力を回復させます。
母牛は助かりましたが、もう子牛を産むことはできません。母牛の母乳は、牛乳として私たちの食卓で飲まれます。

2010-7-12T00:00:00+09:00

第14回 南日本新聞掲載コラム

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徳之島の赤い大地にパインを植える

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川田さん夫婦は、徳之島の赤い大地にパイナップルを植え、台風で飛ばされないように丁寧に石で押さえます。
パインは、植え付けから収穫まで2年間かかります。除草剤は使えないため、ハブが潜む畑の草を1本1本手で抜きます。 花が咲く時は、実が真っ赤になり紫の花弁がたくさん出てきます。 畑で完熟したパインを食べ「本物は、こんなに美味しいのか」と衝撃を受けました。しかも重機で耕し根が深いため、たくさん食べても舌が痛くなりません。
「70歳越えたからあと2回収穫できるかな」と川田さんは、パイン畑を見ながら嬉しそうに言いました。自分は気の利いたことも言えないまま、一緒に畑を見つめました。
川田さんが丹精こめた美しいパイン畑は、今はどうなっているのだろうか。川田さんのパインは、徳之島の歴史です。

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第13回 南日本新聞掲載コラム

徳之島のパイナップル栽培は、昭和30年前半に沖縄から苗を購入して始まりました。
昭和36年の新聞には、缶詰工場で働く人の活気のある写真と、お土産用の青果が高いため缶詰用原料が集まらないという悩みが書かれています。
 しかし、その後の輸入増加により、昭和40年代後半に工場が閉鎖され、パインを生産する人もいなくなりました。しかし川田さんは、「徳之島から苗が無くなれば、再び栽培できなくなる」と、売り先の無いパインを自分の畑に植えました。
 川田さんのパインは、品質の高さから評価が高く、出荷の時に郵便局からふるさと便で送りませんかと誘いが来ました。
「売れたことよりも、パインを作れることがうれしかった」と当時を振り返りながら徳之島の青い海が見える畑で話してくださいました。

2010-7-5T00:00:00+09:00

パイン畑で収穫

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ブニオとの時間

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第12回 南日本新聞掲載コラム

農大の放牧養豚場で一匹の子豚を「ブニオ」と名付けて2人の学生が飼育していました。「名前付けたら出荷するときイヤじゃない」と聞くと「そんなこと無いですよ」と言っていました。
毎日、朝夕の餌と水の入れ替えを毎日休むことなくしていました。 泥だらけになり楽しそうに豚と遊びながら健康観察をする2人から、 丹誠込めて育てる以上の関係を感じました。
出荷は、自分たちでブニオをトラックに乗せました。産まれてから出荷までの176日間を思い出しながら、檻に入って小さく見えたブニオを手を振りながら見送りました。

彼女たちは、卒業して養豚場で働いています。養豚場は菌の持ち込み制限のため関係者しか入ることはできません。その中でも放牧場と変わらず、豚に愛情をそそいでいることと思います。

2010-6-7T00:00:00+09:00

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美しさまで求めて作業する、そこから農村の風景は生まれる

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第11回 南日本新聞掲載コラム

米作りで泥の中を歩くことは重労働です。そのため機械は乗用型になり、水田を歩く必要がなくなりました。
田植機で植えた後、 欠株(少し株の無い場所)がまれにできます。泥に入り欠株の場所に手植えをしていた人に「欠株があっても周りの株が補うから、最終的な収量は変わらないですよ」と言うと「わかっているけど、この作業でしか泥の中を歩かないし、欠株は美しくないからね」と言われました。
欠株を手植えで補うことは、生産活動の面では意味が無いのかもしれません。
泥の感触は気持が良く、作業が終わった後の心地よい疲れは自分も好きなので、その気持ちはすぐ理解できました。

しかし、「欠株は美しくない」という言葉を聞いたとき、物を作るときに忘れてはならない大切な美意識があることを知りました。

2010-5-31T00:00:00+09:00

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