真四角の 世界  |  ASAP

真四角の
世界

02

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風景へのシンパシー

私も1つ、こんな扉を持っている。
最後に開けたのはいつのことだか忘れた扉。
鍵を探せばあるのだろうけど、探したいとは思わない。
ならばいっそのこと、壁土で塗り込めてしまえばいいのかもしれない。
だけど、そこまで思いきれないのは、いつかまた、開ける日が来ると信じているから。

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風に舞うはずの運命

たくさんの綿帽子が転がっていた。よく見れば、転がっているのではなく、茎がしおれて地面にへたりこんでいる。本来、茎がしおれるより先に、綿帽子はきれいさっぱり風に吹き飛ばされなければならないはずだ。ということは、待てど暮せど、風は全然吹かなかったのか。
この種の植物にとって、生きてきた最大の目的は、風の力を借りて、各地に子孫を撒き散らすことなのだから、こんなふうになってしまったということは、無駄な一生だった、という解釈も成り立つ。
最期に及んで、風が吹くか吹かないかで、一生の値打ちが決まってしまう。

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金属の年輪

人間には年輪がある。生身の人間を輪切りにすれば、直径の違う同心円がきれいに並んでいるのが確認できる。人間と同様、木にも年輪がある。ただ、人間の年輪と異なるのは、樹齢と年輪の数が見事に一致すること。そこへいくと、人間の場合は、同じ年齢でも年輪の数は人それぞれだ。
人間や木と同じように、金属にも年輪がある。とくに鉄などの錆びやすい金属だと、それがよくわかる。金属の年輪は、必ずしも環状をなしているとは限らない。年輪の数が多いほど見捨てられやすい、という点が、人間や木とは違うところだ。

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旅先の朝

旅先で捨てがたいのは朝の景色。どこの町でも、朝には独特の緊張感が流れている。薄暗いうちから働きに出るサラリーマンやOLに緊張感があるのは当然として、働きには出ない建物や郵便ポストや街路樹なんかにも、どことなく緊張感のようなものが感じられる。
昨日はいろいろあったにせよ、済んだことはすべてリセットして、新しい1日が始まる。よし、今日はしっかりやるぞ、みたいな緊張感。
自分が暮らしている町でも、それは同じはずなのだけど、あまりそういうことを感じないのはなぜだろう。それぞれの町に、それぞれの朝があるからかもしれない。

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誰からも問題にされない大きなこと

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一般的な写真が35ミリのカメラで撮られていた時代、フィルムに焼き込まれる画像のサイズは24ミリ×36ミリだったから、その縦横比は2対3だった。今や撮影の主流は、コンパクトのデジタルカメラになったわけだが、その場合、画像の縦横比はたいてい3対4となっている。
この違いは、本来、かなり大きいと思う。数字は1ずつ違うだけだが、短辺と長辺が「2対3」と「3対4」とでは、同じ長方形でも見た目はかなり違うはずだ。
たとえば、ポピュラーなサービスサイズで、横長の写真をフチなしプリントした場合、35ミリカメラで撮った画像なら左右がカットされ、コンパクトデジカメなら上下がカットされてしまう。
厳密に言えば、白場を出さないように余裕を見てプリントするから、どちらも左右上下がカットされるが、35ミリカメラなら左右が、コンパクトデジカメなら上下が、かなり余分にカットされる。
ところが、この違いが問題になったという話は聞かない。画面の端っこに何が写っていようと、普段はあまり問題にされていないのかもしれない。いつも気になるのは中心部だけということだ。
そう考えるとちょっと怖い。
たとえば規制緩和だとか、改革、改革の掛け声の中で、社会のシステムが大きく変わる。だけど、そのときに気にかけられるのは社会の中心部だけで、端っこの何かがカットされようと、誰も目もくれなかったりとか。

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追憶の扉

子どものころ、親に叱られ、口をへの字に曲げて泣いた記憶。
いい加減、泣き疲れたし、素直に謝れば許してもらえるのもわかっていて、半分以上は、もう謝ろうかモードに入っているのに、照れと意地が通せんぼうをして謝れない。
あの後、どうやって親に許してもらったのだったか。

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息の根が止まるとき

右の写真は2008年9月。それが2009年2月に次ページの写真のようになり、2009年11月には次々ページの写真のようになっていた。左端の部分は、もはや建物としての体をなさない。
2009年2月から11月までの朽ち方は、かなり激しく、この建物の減衰曲線を思い描くと、最近になって一気に右肩下がりになってしまったと推察される。
ローマ帝国も、驕る平家も見たわけではないが、いったんタガが外れると朽ちるのは早い。何の根拠も知識もないが、そんなことが頭に浮かび、背筋が寒くなった。

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