闇の記憶と記録  |  view

 

日本語タイトル

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、まっくらやみのエンターテイメントです。

 参加者は完全に光を遮断した空間の中へ、何人かとグループを組んで入り、暗闇のエキスパートであるアテンド(視覚障害者)のサポートのもと、中を探検し、様々なシーンを体験します。
 その過程で視覚以外の様々な感覚の可能性と心地よさに気づき、そしてコミュニケーションの大切さ、人のあたたかさを思い出します。
(HPより抜粋)

東京都渋谷区青山キラー通り。
目当てのイベントの看板が目に入った。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」
ビルとビルの隙間、地下へと続く階段を下る。
ドアを開けると、小奇麗な空間。入り口には花が飾られている。
今日は、日本におけるダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下DID)の10周年記念の日。

わずかな光さえも存在しない暗闇の中、健常者の我々はどのような感覚に陥るのだろう?
これほど知的好奇心をくすぐられるイベントは、なかなかお目にかかれない。
めんどくさいことは抜きにしても単純に楽しそうだ。
今回10周年記念ということで特別なイベントがあるという話だし、その区切りの日に初めて体験することにした。

2

2009/11/2(mon)

光るものや音が鳴るもの、つまりは携帯電話や腕時計などをロッカーに預け、いざ出発。
まずは、少し暗めの部屋に入る。
薄暗く、ほどよくおしゃれな間接照明は、はやる心を落ち着かせる。
奥の扉の前まで行き、スタッフが中のアテンドさんとトランシーバーで連絡を取るのを待つ。
そして、いよいよ扉は開かれる。
ゆっくりと。

3

奇妙なほどの緊張感を持ち、厚く重い黒地の布をくぐる。

暗闇。

入ってすぐ横に、アテンドさんはいた。
そっと手をとってもらう。
先にも少し説明をしたが、中にいるアテンドさんは視覚障がい者である。
中の配置を把握しているのか、歩を進めるのがやや早い。
しかし、いくら配置を覚えていてもこれほどスイスイと移動できるだろうか。
いや、この場合、暗闇の初体験の私が極端に遅いのかもしれない。
なんといったって、歩を進めるといっても擦り足なのである。
何かにつまづくのではないかと思うと、足を上げるのが怖いのだ。
暗闇の恐怖に怯えながらゆっくり進むと、徐々にたくさんの賑やかな声が近くで聞こえてくる。
10周年記念パーティということで、今回特別開業したらしい。
暗闇で、バー?

行きかう人々と、お互いに「すみませーん」と声を掛け合い、場所と存在を確認しあって横を通り過ぎる。
お互いがぶつからないためには、声で確認するしか手段が無い。
「ここがテーブルになります」とアテンドさん。
果たして、先ほどの入り口から何メートル離れていたのだろうか?
それはわからないが、暗闇の中、目的地に着いたときの安心感はなんとも言いがたい。
ホッとしたのもつかの間、「メニューがあるのですが……」と言われた。
闇の中でメニューを開かれるとは思ってもみなかった。
「さすがに見えないので、口頭で伝えますね。まずは大分類をいいますので、お好きなものをいってください。では……冷たいもの、暖かいもの、アルコール、おつまみ・・・」

アルコールも魅力的だったが、一番人気のあるというジンジャーエールをたのんだ。

「お会計はこちらになります」
促されるまま、擦り足でカウンターへ。
「200円になります」
財布から小銭を取り出し、大きさから500円のようなものを渡す。
「お釣り300円になります」
100円のようなもの3枚を受け取り、財布へしまう。
ジンジャーエールが入っているらしい小瓶と熱いおしぼりを受け取った。
周りを見渡すと・・・いや、見渡せないのだがそういう素振りをすると、普段以上に人声が近く感じる。
狭い室内に反響しているせいか暗闇のせいかわからないが、10人とも20人とも思えるほどの賑やかさに思えた。
「ここは混んでいるので、焚き火のところへ行きますか?」とアテンドさんが横で声をかける。
焚き火?
頭の上に「?」マークを出しながら、手を取られ後をついて行く。
「どこへ連れて行かれるのだろう?」そんな不安の中、ふと感じる手のぬくもり。
人の手というものは、こんなにも暖かかったのだ。そう感じた瞬間だった。

そんなことを考えていると、足元の踏む感触が変わった。
「クシャッ」という音とともに、枯葉と土の匂い。
どうやらここが、焚き火の場所らしい。
もちろん実際に焚き火をしているわけではないのだが、中心のテーブルを取り囲むようにして丸太のベンチが配置されているようだ。
直接手で触れて、丸太だと確認した。
アテンドさんは私だけの担当ではないので、ここで一旦離れて一人になった。
ゆっくりと腰をかけ、先ほどのジンジャーエールを口にする。
いつも飲んでいるのとは違う製品なのだろうか、やけに辛い。
どこのメーカーか判断できなかったので単純比較はできないが、ただ辛かった。
奥のほうで喋っていた複数の男性陣が立ち上がる。
どうやら、私のすぐ横を通るルートで移動するようだ。
突然だが、告白すると私は元来恥ずかしがり屋なのだ。
「……すいません(ここに座ってる人間がいます)」と限りなく小さな声を振り絞るように、自分の存在を伝えた。

4

5

が、案の定ぶつかった。当然である。
すぐに、「すみませんっ!」と、やや大きな声で謝った。
ほどなくして、入り口に近い方から複数の女性が入ってきた。
床に敷き詰められた無数の枯葉の存在に、驚きのような喜びのような声を上げながら、20代前半と思える女性の声。
(年齢は、当然私の想像であるが・・・)
「座ってますー。」
今回は頑張って、声を出して存在をアピールした。
そんな感じでしばらく休憩していたが、ずっとこの場にいてもしょうがないので移動することにした。
彼女たちを連れてきたアテンドさんに声をかけ、次の場所へ向かう。
次は、駄菓子屋である。

再び手を取ってもらい、ゆっくりと移動を始める。
このあたりになると、当初の恐怖は少しだが和らぎ始めていた。
いや、それでも怖いものは怖いのだが、視覚以外の感覚が無意識に研ぎ澄まされつつあったのかもしれない。
「ここが縁側になってますんで、靴を脱いで奥へと進んでください」
縁側があるということ、靴を脱がなければいけないということ、両方に驚いた。
腰をかけ、ゆっくりと靴紐を緩める。
靴を脱ぐという、普段のごく単純な行為にこれほど動揺させられるのは、暗闇ならではだ。
不安になりながらも左右をきれいに揃え、靴に別れを告げた。
奥から声がする。
「カウンターはこちらになりますぅ~♪」
かわいらしいアニメキャラのような声。
その声に向かって、四つん這いになってゆっくりと進む。
立ち上がるのが怖い。
途中、手触りが変わったのに気づいた。
縁側のツルツルした木目に対し、ざらざらとした触感。
い草。
畳になったのがすぐにわかった。

6

「横一列になが~く、奥の方までいろんな種類がありますよ~♪」
と、案内のままに駄菓子を手で触れていく。
薄いもの、厚いもの、カップ状のもの、シート状のもの、棒状のもの・・・。
駄菓子の形状もさまざまだ。
なんとなく触り覚えのある駄菓子がいくつかある。
わざわざ覚えようともしていないはずの“感触の記憶”は、知らず知らずのうちに脳内に刷り込まれているらしい。
3点ほど購入を済ませた。
さて、靴の居場所に戻らなければならない。
わずか数メートルを侮るなかれ、光のない世界は不安でいっぱいだ。
今までの道のりをふまえ、方向感覚だけを頼りに再度這って帰る。
どんぴしゃだった。
一切迷うことなく、靴に出会うということ。
瞬間の喜びは、まるで光が射したようだった。
暗闇の中でも方向感覚は保たれているという事実に驚いた。

駄菓子を食べよう。
まずは棒状のもの。まぁ予想はできたが、間違いなく「うまい棒」だった。
味付けは、いくらか辛く感じる。しかしそれより、食べる際に落ちる粉で衣服が汚れていないかが気になった。
続いて、小さなカップ状のもの。「ヨーグル」だ。
やや甘い。そして、まるでバターを食べているような、脂っこさを強く感じる。これも食べている間に、ヘラですくったヨーグルが衣服に落ちないか不安で、途中で食べるのをやめた。
最後は、シート状のもの。たぶん「焼肉さん太郎」。
辛い。いつもより辛い。のどが渇く。
普段何気なく口にしているものとは、どれも味が違うようだった。
特に味覚を強く意識していたわけではないのに……。
そんなことを考えていると、団体さんが入ってきた。
男女混合で4,5人くらいだろうか。
「靴脱ぐの?」「お菓子たくさんある!」などと、やはり皆同じようなリアクション。
このとき気づいたのだが、どうやら冷蔵庫があって、中にはアイスもあったらしい。
冷蔵庫まで完備しているとは、この“闇の駄菓子屋”、ただものではない。

7

地面がデコボコしていて、足元の感触が変わった。
「ここは砂場になります。しゃがんで触ってみてください」
言われたとおり、触れてみる。粒の粗い砂だ。
たぶん、人工的に作られた清潔な砂だろう。
「他にもいろいろあるので、探してみてください」
別れを告げられてしまった。
困ってしばらく立ち尽くしていたが、とりあえず前に進んでみる。
ひとりで冒険だ。
でもさすがに普通に歩くのは怖いので、両手を少し前に出しつつ、お馴染みの擦り足で進む。
暗闇の中、突き出した手のひらに、枝葉があたる。どうやら公園は植木で囲われているらしい。
葉に手を添えて、植物の囲いに沿って歩く。
慎重に歩いてはみたものの、やはりというべきか、途中で座っていた人にぶつかる。
謝りながら移動を続け、先ほどの入り口から一番離れていると思われる場所で立ち止まる。
近くで声がする。音のなるボールやら、フラフープがあるらしく、男女が楽しそうに歓声をあげる。
暗闇の中、少なからずの孤独感。

この時、ふと気づいた妙な違和感。
「あれ? 何でメガネかけてるんだろう?」
いままで、自分のかけていたメガネの存在を忘れていた。
暗闇の中では、視力など存在しない。
そんなことは当然なのだが、成り行きで掛けていたままだった。
急にわずらわしく思い、ポケットにメガネを突っ込む。
そして、おもむろに目のすぐ前で手を広げて振ってみた。
気配をまったく感じない。目が慣れるということは無いようだ。
5分後か、10分後? 時間の感覚も曖昧になるのだろうか、しばらくして近くを通ったアテンドさんに声を掛けて次の場所、公園を目指す。
今までと同じく、手をつなぎ、地面を擦って歩く。
この頃にはいくらか慣れては来たのだろうか、アテンドさんと談笑しながら連れて行ってもらった。
話しながら、また手の温もりを思い出す。
人の手というものは、これほどまでに暖かいものだったのか、と。
実は、話の流れで途中途中で端折ってしまっていたが、各アテンドさんは持ち場ごとに入れ替わる。
前の手から、次の手へ……。
暗闇の移動中、温もりのバトンは絶えることはなかった。

8

しばらくして、彼らは離れて行った。
私はというと、再び植物を頼りに移動を始めた。
植物がなくなるスペースがあった。ベンチのようだ。ここで休もう。
腰を下ろし、触れる。木製のベンチだった。
近くにあったのは、細い棒に先が丸く、網が張ってあるもの…なんだろう?
瞬間、ひらめいたようにその物体が何かわかった。
バトミントンのラケットだ!
ただのラケットごときで大げさな…と思われるだろう。
しかし、何も見えない暗闇の世界で、手に触れたものが何かわかった瞬間の喜びを、どう表現できるというのか。
腰を下ろして休んでいたところ、突然「こんにちわー。 お名前なんというんですか?」との声。
アテンドさんだった。
急なことで驚き、ためらいつつも名前を伝えたあと、「なんで、暗いのにここに座っているとわかったんですか?」と、私。
アテンドさんは、にこやかに答えた。
「音がしたので♪」
さほど音を立てていたわけではない。
暗闇のエキスパートは、聴覚を視覚のように使い、耳で“見ている”のだった。

2,3言葉を交わし、別れを告げ、また移動を始めた。
途中、ブランコがあるらしいとの会話を耳にし、「ギー…、ギー…」と音の鳴る方へ向かう。
音を頼りに向かうのも慣れたものだった。
そして、順番は意外と早く来た。
いつものように、周囲を触れてみる。
一般的な、鉄製のチェーンで繋がれたようなものではなく、木製の柱に支えられ、上から縄で大きな椅子がぶら下がっているような作りだった。
3人ほど同時に乗れるような大きめのブランコに、ひとりで乗る。
やや物悲しさがあるが、しょうがない。
前後に揺れる感覚はある。その点は、いつものブランコに揺られてる感覚と変わりはなかった。
もし暗闇でグルグル回ったら、果たして目が回るのだろうか? 新たな疑問も芽生える。
そんなことを考えていると、「ブランコどこー?」と、複数の女性がやってきた。
「ここにありますよー」。もう少し乗っていたい気持ちはあったが、自分だけのものではないので席を譲る。