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001

新解さんって、だ〜れ? 
 
今までボクのHPにも度々登場してもらったのですが、
彼は三省堂の国語辞典。
「新明解・国語辞典」というのが本名で、

本当は、野菜より魚が好きみたいなのですが、
彼の論理的な目にノーエンはどう映るのでしょうか。

【論理】与えられた条件から正しい結論が得られるための考え方の筋道。「ーの飛躍・永田町のー」


新解さん、ノーエンの薩摩芋を見て、いきなりびっくりしちゃいました。

【薩摩芋】畑に作る多年草。茎はつるになって地にはう。根は塊状ででんぷんに富み甘く食用。品種が多い。<ヒルガオ科> 数え方/一株、芋は一本

でも、

ウチの薩摩芋は畑じゃなくプランターで作られ、
しかも茎は地ではなく、
雪やなぎに覆いかぶさっている。

「キ、キミ、私をからかうつもりなのか?」

新解さんと一緒にノーエンを歩いてみた。

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002

【からかう】
(相手がむきになったり恥ずかしがったり などする反 応を期待して)心理的動揺を誘うようなことを軽い気 持で言ったりしたりする。

広辞苑では【からかう】なぶりもてあそぶ。じらして苦しめる。揶揄する。としか教えてくれない。

新解さんの新解さんたる所以、
分かっていただけるでしょうか。

「イエイエ、新解さんの客観的な視線でノーエンを見ていただきたいと、真剣に思っていて…。」

【客観的】見方が公正であったり、考え方が論理的で  あったりして、多くの人に理解・納得される様子。

「そうか分かった。しかし、お互い暇だねぇ。いいことだ、いいことだ。」

【暇】今しなければならない仕事などがなくて、自分の 好きなことができるのんびりした時間や状態。

「新解さん、野菜を育てる喜びとは、
 一体なんなのでしょうか?」
「そうか、キミは <育てる><喜ぶ>の意味を聞きたい。と、こういうワケだね。」

「ハイ!」
「よろしい、では、教えてしんぜよう!」

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003

「それが、蚊に食われてかゆいってことだ。」

【かゆい】皮膚がむずむずして、
     そこを掻きたくなる感じだ。


「新解さん、話が長くなってきて、
 読む人も大変でしょうから、
 このへんで結論、いいでしょうか。」

「エヘン! 
 要は、“豊かな心”。それが、私の客観だ!」



【豊かな心】ただ自分たちだけの殻にこもって暮らしが 立てば良いというのではなく、
 同時代万般の事物・事象に強い関心を持ち、
 趣味・研究などを通じて交友を深め、
 より美しい環境、
 より高い自分を築く気持を失わない心。


「ヘ、ヘ〜イ!!!!!」

「あっ、新解さん! 新解さんの頭にちょんちょりんが…。」

【喜ぶ】よい事に出会って非常に満足し、
    うれしい(ありがたい)と思う。
【育つ】(生命あるものが)大きくなって、
    一人前の働きが段々できるようになる。

ついでに
【一人前】独立した社会人として恥ずかしくない
     生活能力・技芸を持つこと。

「そうか、野菜を育てる喜びとは、野菜たちが、社会人として恥ずかしくない力を持っていく日々を、
ありがたいと思うことなんですね。

でも、一人前になったら、食べてしまうんですよ。

食べるということは、感謝することなんでしょうか?」

【食う】生命を維持するために必要な食物をとる。
【生命】生物の活動を支える、根源の力。いのち。

「命を維持するために命を食べる。
 食べられた命はどうなるんだ!
 なんだか分からなくなってきました。

 例えば、ボクがノーエンで蚊に食われても、
 命に感謝し、何食わぬ顔をしていろ! と?

 あーーーーー、頭がむずむずしてきました。」

 

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004

●「新解さん」に興味を持たれた方には、「新解さんの謎」 赤瀬川原平(文春文庫)をお勧めします。

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大地に一粒の野菜の種が落ちる。
芽を出し花をつけ実をむすび、
やがて種を宿し枯れていく。

芽を出すのは偶然だけど、枯れていくのは必然だ。

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伸ばす力と、枯らす力。

 
 
 
 

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ノーエンを始めて5年。
ボクは今まで、
いろんな野菜のいろんな情景を写真に撮ってきた。

ただ、そのほとんどが、
いわば彼たちのキレイな姿だった。
いや、キレイというより、
伸びていくエネルギーの象徴ともいえる、
はちきれそうな葉や花や実だ。
その後にやってくる枯れていく姿形を、
しっかりと見ていなかったような気もする。

考えてみれば、瑞々しい緑の葉の中にも、
植物を枯らす力は、
毒蛇の毒のように静かに潜んでいるのに。

伸びる力と枯らす力。その両方を見つめなければ、
ファーマーとして失格なのではないか。
そう思い、
今年は今までとは全く逆の写真ばかり撮ってきた。

右の写真はインゲン豆。
雨が少ない夏だったせいもあり、
小さな実をつけたまま枯れ果てていた。

そのか細く茶色に変色した茎には、
素晴らしい速さで流れていた樹液は乾き、
そのうち風雨にくだけ土に還っていくだろう。

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007

春、伸び始めた茎や葉は、
虫たちの食べ物でもあった。
風の友だちであり、人の目を楽しませてくれもした。

夏、咲き始めたインゲンの花は、
蝶や蜜蜂たちの遊び場だった。
花はきっとわずかな甘い薫りを漂わせていたのだろう。

インゲンという一つの命は、伸びていく過程で、

食物として、出会いの場として、
歓びを分かち合う時間として、など
様々な役目を持っていた。



枯れていくこととは、
その一つひとつの役目をゆっくりと解いていくこと。

他のものに記憶や糧を
引き継いでいくことなのではないか。

もっと言えば、

今まで紡いできた様々な関係や意味を消しながら、
命の純粋な形、生きていることの根源に
還っていくことと言えるかもしれない。

だから、例え土に還ったとしても、
インゲンは虫や蝶や人の中に在り続け、
いつしかそのすべてが、
いっしょくたになっていくのだと思う。


つまり、
理屈上ではインゲンは虫であり蝶であり
ボクでありあなたでもある、

ということになる。



そもそも
伸ばす力と枯らす力は、
誰もがその内に持つ、分かちがたく結ばれた力なのだ。


ボクたちがインゲンにできること。

それは、
ここに在るすべてのモノやコトに対しても
同じことなのだが、

見続けること、感謝すること、祈ること
しかないのではないか、などと思ったりしてしまう。

 
 
 
 
 
 

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作成日:2009 年 09 月 08 日

  • 著者:wadakun
発行:wadakun

©wadakun 2011 Printed in Japan

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