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01

 
 

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午前3時のノーエン

011

 
 
 

最終電車を降り、

寒風吹く真っ暗な道をとぼとぼ歩いていると、


決まって目の片隅に
かげろうのように
キラッと光るものがよぎる。


冬の星である。



この時間だと、
ペテルギウスもプロキオンも
シリウスも、
南西のかなり地平線近くの空に移動し、

もう何万年も前に生まれた光だというのに、

それはそれは美しく冷たくまたたいている。



ボクたちはもちろん、
人間もまだ地球上に存在しない時代に放たれたその光は、
誰に何を語っているのだろう。



星星の光はもちろん、

ノーエンにも等しく降り注いでいる。



そこには、

鳥たちに喰われ尽くされたブロッコリーがふたつ、

迷子の羊のように戸惑いながら佇んでいるはずだ。



水を面白いようにはじいていた葉は既になく、

緑色したか細い茎だけが放射状に伸び、

まるでアンテナのように空に向っている。

 
 

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010

葉を無くしたことで
新たに生まれてきた形象と意味。



それは、嫉妬執着憎悪哀れみ怨み煩悩など

外側に向っていた人間のあらゆる情念を無くした時に、
内側に残るだろう「何か」に似ている。




でも、その「何か」とは一体何か? 



2004年1月9日、午前3時。

真夜中のノーエンの片隅で、

ブロッコリが緑のアンテナを通し星星と交信している。



何万何億年も前から続く意味のない言葉で。

光よりも早い速度で。




「輪郭がなくなったねぇ」
「あれから5万年くらいかなぁ」
「いつも会ってるのにね」

「キミはいつだってボクの肩先にいるさ」

「でも、震えてしまう夜もあるんだよね」。



「何か」とは、命という不思議な時間なのか、

それとも存在という圧倒的な孤独なのか。



そこで交わされる透明な言葉は、
星の光のようにノーエンに影を一つもつくらない。

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結局、ぼくは何なんだろう?

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009

と、たけのこ白菜が言う。
いったん倒れかけていたものの、もう一度天に向かうべく茎を曲げ、その先に黄色い花を咲かせながら。

彼はまるで猫がすりよってくるように、ボクにしなだれかけ、ボクのズボンを黄色く染める。

008

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乾いた性の匂いがする。
甘くない。艶やかでもない。枯れているのでもない。

ボクは蜜蜂でも蝶でもなく、
花粉ひとつ運ぶこともできないけれど。
でも、いいよ。寄り掛かって気がすむならね。


では、キミは何なのか、教えてあげよう。

初めに大地があったわけさ。
人間は、「母なる」なんて形容したりするけれど、ま、そこは包容力に満ちた女性なわけね。

そこにキミは生まれてきた。
百年前千年前のキミと全く同じように。

中々大きくならなかった。いつまでも子供のようだったよ。ボクはキミを大切に育てた。じっと見ていただけだけどね。冬だったから虫もつかず、雑草もキミの成長を妨げなかった。

二人にしか回想できない楽しい時間が
ボクたちの人生に刻まれていった。


そしてその日、ボクはキミを食べたのさ。クセのない飛び切りの味だったよ。

つまりさ、キミはボクの大切な一部になり、
緑色の抽象になっていった。

ボクはキミが好きだったから、
ボクの好きな人たちにもキミを食べてもらった。
それは、キミだって嬉しいことだよね。だって、
キミはもういろんな人の一部になっていくんだから

でも、でも、
もう少ししたら、ボクはキミを母なる大地から引き離さなきゃならないんだ。ごめんね。


でもねそれは、キミと別れることではないんだと信じてくれるよね。ほら、キミのさきっぽに、新しい命が膨らんできてるじゃないか。

そこにはボクたちの記憶がギッシリつまっているわけさ。その記憶はきっと、また新しい夢を見ることになって、百年先千年先に続いていくんだ。


だから、
ボクはキミにこう言いたい。ありがとうって。そして、
記憶の種をしっかりこの手で受けとめることも約束します。

またすぐ会えるさ。

 
 
 

007

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A面(フィジカル)/おやじギャグ ノーエン

雨が上がった! 
でも、すぐにもまた降り出しそうな気配。
ノーエンに早く行かねば、
行かねば、イカネバの娘。

ノラリクラリと野良着に着替え、
香取線香に火を付けて、長靴はいて、イザ!

ウッ!

胡瓜が、実の重さに耐えかねて、
ネットから転げ落ちている。
その蔓は、もうグチャグチャに絡み付き、
キューカンバー・ヘルニア状態。もうワヤ。

オー・マイ・ブッタ!
お釈迦様もブッタまげ風景だ。

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006

トマトのワキ芽を脇目もふらずにカット!

プランターの薩摩芋はその葉をアナーキーに伸ばし、
庭を占拠しつつあり。
そんなこと最初からわかっていたのに、
プランターなんか使ったのは、誰のプランだー!

仲良く3つ並んでなっている青いトマト。
一番大きいのはパパで。彼に聞きました。
「あとの2つはだーれ?」
「ハイ、トマと子供です!」
(苦しいなぁ、妻と子供って言いたかったのね)

ナスは、豊作の兆し、ナス!
ゴーヤの蔓は天に向かってGO!や。
オバナは咲くがメバナはまだ。でも収穫のメハナはついている。
インゲンは隠元無礼にも、ゴーヤ棚にその蔓を伸ばし、

オクラは、みんな生きていて、
ルッコラをルッコラショと収穫し、
コールラビの紫の芽は、
側をコールタビに大きくなっていくのがわかる。

梅雨の中の、ノーエンから、to you!


で、

B面<シリアス篇>につづく!

 
 
 

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B面・ノーエンで見えるもの、見えないもの。

005

なんだか、まだまだ夏とはいえない陽気の東京ですが。
野菜たちは元気に育っています。

トマトはようやっと色づき始め、
キューリはもう何本も採れたし、
ゴーヤも雄花だけは咲いていて、茄子もまーまー元気。

オクラはだいたい40cmほどの背丈で、
15本くらい並んでいます。

同じ日に、同じような形をした種を蒔き、
同じくらいの水をあげ、
同じ太陽の光を浴びてはいるのだけれど、

15本のオクラの姿形は、一つひとつ違います。
当たり前だけれど、当たり前に不思議な感じです。

一つひとつ違うから、間引く時に
人は、それなりの基準を作ります。

成長不良、形がいびつ、
葉が病気っぽいなぁ…、など。

これから、彼らがどんな成長を遂げるのかを
予め予測してしまうワケです。

 
 
 
 
 

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004

もっと言えば、
目に見える部分でオクラ偏差値を決めてしまう。


それが嫌だ! 
と言っているのではありません。

ノーエンは、野菜は、
人にとって相対的なのだ、と言いたいのです。

それは、「水平(ヨコ)」からの考え方。
一本の基準線の上か下かを、一方的に判断し、
優劣を決定し、
いい子と悪い子に分けてしまうことなのです。
苗屋さんで苗を買う時だって、
そんな目で判断している自分がいます。

さて、
ノーエンに相対があるなら、

絶対もまたあるに違いないのです。
それは、どんな種にも、どんな苗にも、
どんな野菜にも、植物にもあるものです。


あなたは、どんなものを想像するでしょうか?

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