広報室が 行く  |  zenryu

広報室が
行く

 

2009年4月

8年間、現代仏壇の広報室を
やりくりしながら。

現代仏壇の会社を辞めて1年。少しずつ時間ができてきたので、過去8年間の現代仏壇広報室のことを書いてみたいと思っています。

パソコンのモニター越しに見える景色は花を落とした桜並木が風で枝を騒がせています。昨日と比べてちょっと肌寒いけど、いい天気。こうして一人で窓の外を眺めながら、ゆったりと仕事をしている自分を過去に想像したことがあり、いよいよ現実になりました。

昨年は朝5時半に起床。30分ほどピアノを弾いてそれから出社というのを日課にしようと頑張ってきました。しかし結局平均すればピアノの練習時間は15分くらい。7時には家を出て8時45分の朝礼に間に合わせる。朝礼というのをその前の会社では経験したことがなかったので、8年経っても慣れませんでしたし、ビジネスにとって効果があるのかどうか今でも疑問に思っています。
 最近は10時半にマイオフィスに自転車通勤15分。たっぷり新聞が読める時間があります。考え事をする時間もうれしい。しかし、まったく人と会話をしない日もあり、これは少し危険かな。収入は減ったけれど今のところ満足しています。
 ということで少しずつ広報の観点から現代仏壇を見つめ直してみたいと思います。

オフィスゼンリュウの窓からの眺め。駐車場あります。

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オフィスゼンリュウ、ベランダからの夜景

2000年春

 なんでまた電通から仏壇屋なの?とよく聞かれました。コピーライターやCMプランナーという一見華やかな世界から仏壇屋に転向なのですから他人は驚きますよね。でもやることはほとんど同じです。広告や販促を考えそれを実行する。だから、「この会社は面白いからです」としか答えようがないのですが、どんどん伸びる可能性を秘めていました。現に僕が入社した当時の売り上げは15億、それが5年後には22億までになりました。それは僕の広報戦略が成功したからなんて言いませんが、ちょっぴり自慢したくもなります。そういうわけでこのコラムで現代仏壇の広報活動を書いていきたいと思います。 

 現代仏壇に入社したのは2000年4月、ちょうど直営小売店を初めて作った3ヶ月後のことでした。現代仏壇という商品は、当時まだ珍しくて従来型仏壇のルールを完全に否定して独自の解釈をしたため、仏壇店はほとんど取り扱ってくれない時代でした。この仏壇は目立つデザインなのでそれを店頭に置き、それをおとりにして従来型を売るというセールススタイルをとるところもありました。
「こういうルールを無視した仏壇は、お寺が認めてくれません。ところであなたの家の宗教は何ですか。宗派の違いによってまつり方が違うので気をつけてくださいね」というように。

クリエーターから仏壇屋に転身。
なぜ?

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 ところが暗い、じめじめした仏壇より現代仏壇の方がはるかに消費者の受けがよいということがわかり、従来型仏壇店を展示販売してくれないのなら、直接売るしかないということで、思い切って東京成城に第1号店を出すことにしたのです。成城に出店したのは、この辺りは高額所得者やインテリアセンスの高い人々が住んでおり、たまたまおしゃれな外車のショールームが売りに出されていたからです。小売店からの圧力がかなりあったように聞いています。

 2000年の正月がオープンの日でした。当時折り込み広告を都内全域に印刷して撒きました。まだ僕は電通に勤務していたのでこの広告のやり方について、もっと効率の良いメディアミックスという考え方もあるのになあと感じていたのですが、意見を出すことはしませんでした。
 メディアミックスというのは、テレビ、新聞、折り込み、雑誌等の媒体を上手にミックスして広告する方法ですが、予算が少ないとなかなかできません。成城店の場合、都内全域にチラシを折り込むというのはちょっと無駄かもしれないと思ったものでした。やはり成城駅を中心に路線沿線周辺に折り込むのが正当なやり方でしょう。そして余裕があれば、その路線電車の額面広告やテレビ広告を長期間行います。折り込みの効果は、その日から約1週間と思っていたのです。しかしこれが大きく違っていました。

折込チラシの命、意外に長かった。半年以上経つのにまだ保管している人がいる。

現代仏壇直営第1号店(東京成城)
フォルクスワーゲンのショールームを買い取りました。左手奥、カブトムシの形をした丸い屋根が特徴です。

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2000年1月

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成城店の当時の折込チラシ広告

 とにかくこの商品はそれまで誰も見たことがないので大きな反響を呼んだのです。
「こういう商品を待っていたの」というお客様の意見がとても多かったのです。数ヶ月以上経ってもその折り込みを保管していて、それを持ってくるお客様がおられるのです。
 情報が新鮮で魅力的であれば、保管してもらえるのですね。これに気を良くして私が広告部長(当時は室長ではなく、部長と呼ばれていた)として入社して2ヶ月後に神戸三宮、10ヶ月後に横浜関内に出店しました。なので当時は折り込み広告ばかり作っていました。まだ広告予算について会社的に明確な考え方がなく、その地域の販売エリアは、とにかく大雑把で、神戸、横浜全域という感じでそこに全面的にチラシを撒きました。今から考えると案外こういうおおざっぱなどんぶり勘定という予算計上も、おおらかでいいのかなという気もします。気持ちに余裕がないとなかなかできないことですが。

2000年春

広告予算はどんぶり勘定。おおらかな経営。ほとんどチェックなし。
信頼されていたのかな。

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気長に同じヘッドラインを使い続けても新鮮さが失われなかった。

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 広告表現については、コピーを「仏壇のあるリビング」と決め、仏壇を人の集まるメジャーな場所に置こうというキャンペーンです。旧家はともかく仏間を持つ家は少なく、和室さえも予算的に作らない家庭が増えてきていました。だからこのコピーは新鮮でした。

 仏壇の必要性はみなさんお持ちですが置くところがなくて、必要になった時に真剣に考えようという方が多かったのです。ところがその必要性が生じるとリビングルームにしか置く場所が見当たらない。しかしその部屋に似合う仏壇がないという有様です。だからこのキャッチフレーズを何年も、つまり消費者の心に浸透するまで使うことにしたのです。このコピーを作った背景はまたあとで詳しく述べます。
 そして実際に現代仏壇が置かれている家庭を取材撮影し、広告で紹介していこうと思いました。ところが写真撮影をできる家が、当時はほとんどありません。まだ販売実績が少なかったし、ロケハンに行っても、写真うつりのよいかっこいい家がなかなか見つからないのです。そこで撮影のためにはある程度、作らなければなりません。第1号は会長の自宅、第2号は社長宅で、第3号はカメラマンのマンション、第4号は我が家に現代仏壇を持ち込んで撮影しました。

1999〜2000年

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 展示の仕方も従来型とは全く違うものでした。従来型は扉を開けて、中の作りがいかに凝っていて豪華なものかを自慢げに見せていました。しかしこれは仏間のある家庭や、お寺に対して訴求力があるのですが、一般の顧客にはピンと来ません。すべての仏壇が同じように見えてしまうのです。そして従来型の持つ、怖い、暗い、陰気だという印象をさらに強調してしまいます。

 一方、現代仏壇は扉を閉めて展示しました。いかに洋風のモダンな家に似合うか、インテリアとしてなじむかということを訴求ポイントにしたわけです。今までの考え方のまさに正反対を行ったわけです。
「拝む時だけ扉を開けて、普段は閉めた方がインテリアとして似合います」と販売トークに加えました。中の作りもできるだけ簡素化しました。中の壇を須弥壇というのですが、2段だけにしたり、仏具を3〜5種に限ったり、材料をウォールナットやマホガニーといった高級家具で使う木材を用いました。

展示は仏壇の扉を閉めたまま。
インテリアとして通用するかどうかがポイント。

現在の成城店のメインルーム。

2000年1月

特約店の広告は、無料で制作し
アイデンティティを維持。

↑京王聖跡桜丘店のオープン広告

 成城、神戸、横浜店が成功すると他の小売店から現代仏壇の引き合いが出始め、特約店制度を作り、それに加盟した店にだけ卸すことにしました。また小田急や京王百貨店からも出店の要請がありました。

 現代仏壇のロゴの扱い方、看板の出し方、広告表現のルール等を外向きには大まかに決めました。
 厳しくしなかったのには理由があります。仏壇業界というのは、他の業界と違い古い伝統を引きずり、広告業界とのギャップがあまりにも激しかったからです。これを厳しくすると拒否反応が起こり、勝手に特約店が一人走りする心配がありました。だから社内の広報部で最初の1年間は無料で主な広告物のデザインを起こすことにしました。販促の核になる折り込み広告をこちらで先に作って、他のデザインはだめだと言ってしまえば、他のアプリケーション等はだいたいそれに倣って相談されます。もちろん厳しいデザインルールは、自分と社内スタッフの頭の中にあります。特約店になれば、ただで広告のデザインをしてくれるというなら、どんどん発注してくれてやがてルールが勝手にできてきます。そしてこんなデザインを作ったのだけれど、いいだろうかと逆に聞かれるようになりました。

2000年春

キーワードは、いろいろな場面で発展、展開しやすいものがベスト。

キーワードができたおかげで
商品開発がしやすくなった。

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当時は仏壇店の折り込み広告ばかり作っていた記憶があります。折り込み広告といってもスーパーやマンション業界とは違い、年2回のお彼岸とオープン広告だけなのでそれほど大変ではありません。しかもメインに会長や社長の家で撮ったイメージ写真を大きく扱い、チラシの裏面には商品をラインナップさせ、すべての店で共通のデザインにするのだからそんなにハードではありません。こうして現代仏壇のデザインアイデンティティーが出来上がりました。次の年からはチラシの表現を数パターン作り、特約店にデザイン見本を送るようにしました。
 売れるチラシには文句がつけられません。しかも無料デザインなのだから。あっと驚く新鮮なデザインであること、これ、仏壇なの?という衝撃。商品が珍しくて新鮮、人々のニーズにぴったりはまったわけです。商品と広告の表現がお互いに呼応し意気が合ったわけですね。