すっぽん  |  Violet

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いとうせいこう

すっぽん

第一章

 俺はすっぽんだ、喰らいついたら絶対離さない。
 まったく同じこの言葉が何年かに一度、冬の池の中でかすかな泥をまきあげて動く魚影のように私の記憶の底をぬるりとよぎってきた。
 冬の池の中でかすかな泥をまきあげて動く魚影、というのはまんざら比喩でもない。
 昨年末、私は八十才近くなった両親と共に父の郷里を訪れ、とうに亡くなっている父方の祖父の墓参りをする流れになった。墓は上諏訪からタクシーで五分ほど坂を上がっていった小さな寺の奥にあり、私はずいぶん前にそこを訪ねたことがあるのをおぼろげに思い出しながら、両親の後ろを歩いた。傘をさすまでもない微妙な雨が降っていた。

はなさないぞー

045

2009424

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 乱立する墓石の中で、父はまったく迷わなかった。祖父の墓の前まで来ると、母が、おそらく何度もそうしたことがあるに違いない様子で周囲の墓石について父に聞いた。父はそれぞれの墓をほとんど見ずに、それは誰々の叔父だと言い、従姉妹の誰々ちゃんの墓だと答えながら新聞紙を丸め、マッチで火をつけた。母はおっとりと混乱し、幾つかの同じ墓について同じ質問をした。父はいらだちもせずに同じ返答を繰り返し、小さな火事めいた炎の中に線香をひと束差し入れた。

 墓参りのあと、無人の寺の汚れた縁側に私は両親と座った。目の前に池があり、腐った蓮の葉が浮いていた。大人の背丈ほどの松が水面ぎりぎりに枝を伸ばしており、その先に壊れた蜘蛛の巣がぶら下がっていた。

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044

祖父と父

ぶら下がっていた。季節外れのトンボの死骸が池の端で光っているのが見えた。微妙な雨が微妙な水紋を作っていた。
 縁側で休憩を取ろうとしたのは父だった。父はなんの感慨も持っていないような表情で膝に手を置き、空を見たり池を見たりした。母も同じだった。風景とはとてもいいがたいものを目の前にして、私はなぜ両親が黙ってそこに座っているのかまったく理解出来なかった。
 やがて、私の視界の端に、ぬるりと動くものが現れた。目をやると池の底で泥が巻いていた。泥の奥に私は黒い魚影を認めた。鯉だ、と思った。祖父の法事で出た鯉のあらいが自分には臭いような気がして食べられなかったことを、急激に私は思い出した。まさにその寺の座敷で、鯉はふるまわれて

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法事にて

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中学校時代の俺

思い出した。まさにその寺の座敷で、鯉はふるまわれていたのだった。寺は当時、もっと清潔だった。
 と、その記憶に重なって、ぬるりと、としか言えない感覚で、あの言葉が来た。
 俺はすっぽんだ、喰らいついたら絶対離さない。

 冬の鯉の身体のゆらぎが、事実、私の脳の奥からすっぽんの頭を飛び出させたのである。あたかも両親は、それを待って静かに縁側に座っていたかのようだった。
 この言葉が私の中学時代、もしくは高校時代のいじめの体験から生まれたことは確かだから、私はこうしたすっぽんの出現を好まない。いったん現れたらそれが再び泥で覆われてこの世から姿を消すように、これまで私は対処してきたのだ。
 今、その言葉をめぐって自分が右往左往し始めた理由を、私はまだまったく知らない。

高校時代の俺(向かって右)

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041

現れたらそれが再び泥で覆われてこの世から姿を消すように、これまで私は対処してきたのだ。
 今、その言葉をめぐって自分が右往左往し始めた理由を、私はまだまったく知らない。

040

 私は同級生の片足にしがみついている。私を振り払おうとする片足は強く動く。私の背中や後頭部には、拳が打ちつけられたかもしれない。
 同じように相手の片足にしがみついた者たちの影を私は思う。筆頭が『金色夜叉』の鴫沢宮だろう。尾崎紅葉の代表作の中で、間貫一を裏切るこの女は何度となく貫一にすがりつく。私の子供時代には、この貫一/お宮の不可解な愁嘆場がよくテレビでパロディにされていた。
 お宮は資産家の富山と結婚する流れに逆らわない。だから恋人である貫一は、熱海の海岸でお宮を責める。「一生を通して僕は今月今夜を忘れん」とまでイジケるのだから、すがりつくべきはむしろ貫一なのではないか。

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すっぽん1−2

あれ?この人…おちんちんがついてるよ…?
おかしいなぁ…。

2009424

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子供の私は白黒テレビの中の“二人連れ”を、いつもそういう奇異な思いで観ていた。
 イジイジした敗北者がなぜか威張っている。いずれ資産家の妻になる人生の勝利者が、その敗北者の“脚に縋付(すがりつ)き”、振りちぎられて膝頭を血に染めたりしている。
 これはまことにおかしな話だ。奇怪なイジケ構造である。

 だが、やがて私もまた、同級生に蹴られるのを避けるためにその片足にしがみつき、じっと離さずにいたことで勝利感を得るのだ。この場合、私は敗北者として貫一であり、しかし勝利することにおいてお宮である。

039

オデ、いじけてないもん!
でも学校には行かないよ!

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 さらにさかのぼって近松門左衛門の浄瑠璃『曾根崎心中』もまた、片足にしがみつく者の話だ。しがみつくのは醤油屋の手代、徳兵衛。遊女お初との仲を裂かれ、勘当され、親友に裏切られて体面を潰され、徳兵衛は死ぬ以外ないと考える。
 色茶屋・天満屋の縁の下に隠れる徳兵衛は、お初女郎の着物の裾から出た白い足に頬を寄せたまま、裏切り者の親友が自分を勝手放題に侮辱しているのをひそかに聞く。そして、しがみついたその足をついに首にあてたとき、お初は徳兵衛が首吊り心中をはっきりと示しているのを知るのである。
 人形浄瑠璃においては通常、女の人形に足はない。だから、お初の足は特別で異様で艶めかしい。

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裏切りやがったな〜!
くぬやろぉー!

038