山本くんには 友達がいない  |  davinci

 
 

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Yukihisa Yamamoto

 
 

 
 
 
山本幸久

第12回

山本くんには 友達がいない

 
 
 
 
 
山本幸久

 
 
 
 
 
Yukihisa Yamamoto

 
山本くんには友達がいない

前回までのあらすじ

中学受験生の山本くんは、毎週日曜日、塾に通う。唯一の楽しみはマンガを読むこと、そしてマンガのストーリーを考えること。学校にも塾にも、友達がいなかった山本くんだが、いつも「合格祈願」のハチマキをしている南斗と、黒須というマイペースな少年と知り合い、いじめっこ萩原とも会話するようになり、マンガ好きという黒須のお姉さん・福子の働く店へみんなで訪ねたりと、少しずつ山本くんの日々が変わりだす。
ある日、萩原から、塾の試験官が漫画家だと知らされた山本君は……。

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 
 
 
 
 
 
 
 
        第12回

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

「試験官が漫画家に?」
 山本くんは萩原に負けず劣らずの大声をあげている自分に気づいた。それだけ興奮しているのだ。
 これはやむを得ない。漫画家なんて遠い存在だと思っていた。それが信じられないほど身近にいたのである。興奮するなと言うほうがどうかしている。
 からだがカッカカッカと暑くなってきている。近頃、これとおんなじ症状になることがよくあった。
 原因は福子だ。彼女はバイトのとき、高校生にしてはおとなびたドレスを着ていることが多かった。背筋を伸ばしても胸の谷間がわずかに見え、それがかがむとなると、けっこう中の中までのぞけた。いや、のぞくつもりはない。そうしたときはあわててアサッテの方向をむく。
 だけどさ。それでもやっぱりさ。どうしてもね。顔はそらしたって目だけはそらし遅れることだってある。
 そんなとき、からだがカッカカッカするのだ。それを抑

えるため、いっしょにいる三人に、だれより福子に悟られないよう、火照った顔に両手をあてたり、小さく深呼吸をしたりした。だがいまはそんなことをしている余裕はない。
「今日、試験終わったあと、トイレ行ったら、そのさきの廊下のどんづまりで沢田のヤツが女の試験官とふたりでいたんだよ。最新号の、ってつまりこれとおんなじジャンプ持っててよぉ。おれ、漫画家になったんだとか話してるのが聞こえてきたんだ。なに寝言言ってやがんだと思ったんだけど、ちょっと興味持って見つかんねえようにトイレの入り口でしばらく聞き耳立ててたんだ。本名じゃなくて『沢野つる』っていうペンネームにしてるとか言ってて」
 ジャンプはまだ萩原の手元だ。山本くんは彼の開くページをもう一度のぞきこんだ。
『突撃! ずんどこ仮面』というタイトルの下には『沢野つる』とあった。どちらもいまいちぱっとしないな、と思う。

 
 

 たしかにそいつは驚きだ。山本くんは沢田の姿を脳裏に浮かべた。長髪で無精髭、ぜんたいに薄汚れた印象の彼は三十を過ぎていてもおかしくないように見えた。
「まもなく特別快速、高尾行きが到着します」
 駅のアナウンスが聞こえてくると、萩原はジャンプを閉じ、山本くんにつっかえしてきた。
「読まなくていいの? この漫画」
 思わずそう言ってしまった。
「いいよ、べつに。あんまりおもしろそうじゃないじゃん」
 それだけ言い残し、別れのあいさつもせず、萩原はその場を去っていった。

 山本くんは電車の中で『突撃! ずんどこ仮面』を読んだ。
 荻原の言う通りだった。沢田が描いたらしきその漫画は

「それだけじゃあ信じないだろうから、入った賞金で今度、おごってやるとかも言ってた。それといま、連載にむけて、編集者とうちあわせをしているんだけど、その漫画のヒロインをきみの名前にするって」
 要するに沢田はその女の試験官をくどいていたのだろう。
 山本くんの興奮は急に冷めた。かわりに怒りがわいてくる。
 漫画をネタに女をくどくとは何事だ。あるいは女をくどくために漫画を描いたのかもしれない。どっちにしたって不純極まりない。許せない。
「沢田ってまだ十九だったんだな」
 萩原が言う。
 なぜそれがわかったのかと思いきや、なんのことはない『十九歳の大型新人』と惹き文句が書いてあるのが目に入った。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

まるでおもしろくなかった。絵柄が古臭いうえに、以前ジャンプに掲載されていた漫画とそっくりだった。
 こういう漫画家がときどきいるのを山本くんは知っている。漫画はひとりで描くものではない。とくに有名になって忙しいひとは漫画家のタマゴに手伝ってもらって描く。それもひとりやふたりじゃない。何人もだ。するとやがてそのタマゴは手伝っているさきの有名漫画家と絵がそっくりになってしまうらしい。言うなれば師匠の腕を引き継ぐお弟子さんのようなもんだ。きっと沢田もそうにちがいない。
 山本くんはその類いの漫画家が好きではなかった。なんとなく偽物を読まされているような気がしてならないからだ。
 百歩譲って絵柄だけなら似ていてもまだいい。『沢野つる』の場合、話の内容やギャグも師匠(であろう漫画家)とおなじなのが致命的だ。これがいっこうに笑えない。

『すすめ!!パイレーツ』や『マカロニほうれん荘』を知っている山本くんにとっては時代遅れ、かつ幼稚に思えてならなかった。
 これじゃあ連載なんかぜったい不可能だよなぁ。
 十二歳の山本くんは十九歳の新人にきびしい結論を下した。
 小学一年生からジャンプを買いだして、すでに六年目、数多くの新人賞受賞作を目にしてきた。
 その中でだれがデビューできるか、漫画家として生き残ることができるか、的中させてきたと山本くんには自負がある。
 星野之宣の『はるかなる朝』、諸星大二郎の『生物都市』、コンタロウの『父帰る!!』、江口寿史の『恐るべき子供たち』。
 いまジャンプで連載している人気漫画家はデビュー作からしておもしろかったではないか。

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

 その夜、お風呂で007・5の活躍を頭の中で紡ぎだしたあと(007・5ことバビブベ・ボンドは太刀伝島で連続殺人事件にまきこまれている。今日は八人目の犠牲者がでてしまった)、パジャマに着替えて、自室へいくのに台所を通り過ぎようとしたところを、母さんに呼び止められた。
 日曜模試の出来でもきかれるのか、もしくは新宿の喫茶店に寄り道していることがばれたのかと思い、どぎまぎしたが、いずれでもなかった。
「あなた、溝口くんとはいまもつきあいあるの?」
 溝口?
「五年でクラスちがってからは全然だよ」
 だがつい先日、校内で呼び止められ、代々木上原進学教室にはどれだけお金がかかるものか訊かれた。結局、その夜、彼の母親が山本くんの家に電話をしてきて、山本くん

 

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ブンゲイ ダ・ヴィンチ

 そう思うと同時にだ。
 山本くんは新宿の喫茶店で南斗が福子にむかって言った言葉を思いだした。
 自分ができないことをしているひとにむかって、文句を言ったり、意見したりするというのはどうなんでしょうねえ。そういうのって、能書き垂れっていうんじゃないですか。
 中央線は立川をでていた。日野豊田八王子。あと駅三つで八王子に着く。
 空いた席に山本くんは腰をおろし、ほとんど読み終わっていたジャンプをぺらぺらめくっていき、『突撃! ずんどこ仮面』の最初のページに辿り着いた。
 これくらいだったらぼくにだって描ける。
 そう思った瞬間、なぜかまたからだがカッカカッカと熱くなってきた。
 ぼくは能書き垂れなんかじゃない。

 

の母親が対応した。
「あらそう。だったらいいんだけど」
「なんで?」
「うん? ああ」
 母さんはおなじクラスの女子の苗字を言った。その子の母親とダイエーの食品売り場で会ったのだという。
 代々木上原進学教室の話になり、母さんは溝口の母親から電話をもらったことをついうっかり言ってしまった。どうも溝口の母親に口止めをされていたらしい。
「そしたら彼女、溝口くんをついさっき、ヘンなところで見かけたって言うのよ」
「ヘンなところってどこさ」
「駅前のゲームセンター」
 ゲームセンターは学校から出入りを禁じられている。ヘンなところと言えなくもない。しかし実際のところ、山本くんの知っているかぎりでもゲームセンターで遊んでいる

同級生は男女あわせて数人いた。彼ら彼女らは見つからないよう努力することをも楽しんでいるように見えた。
 ちなみに山本くんはゲームセンターへ行ったことがなかった。行く勇気もないし、お金もないのだからしようがない。
「しかもよ。ひとりじゃなくて、中学生の不良グループといっしょにいてね」
 そのあとをつづけようかどうしようか、母さんは迷っていた。だがやがて「こういうのははっきり言っておいたほうが」とかなんとか呟いてからこう言った。
「たばこを吸ってたんだって」
「たばこ? 溝口が?」
 山本くんはその姿を想像してみた。いまの溝口にはとてもよく似合っていた。それでいながらこう口にしていた。
「だれかと見間違えたんじゃないの、そのひと」
 その母親の娘は見かけがふつうであるにもかかわらず、

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 

 母さんはそれ以上、溝口のことを言わなかった。日曜模
試のこともだ。
 かわりに「布団だともう暑いでしょ。天袋にタオルケットがあるからそれつかいなさい」と言った。

『突撃! ずんどこ仮面』で新人賞が獲れるのであれば、ぼくにだってチャンスがある。山本くんはそう考えた。
 しかしいきなり描きだしたところで、うまくはいかないだろう。ながいあいだ、漫画を描いていないというのもあったし、雑誌に応募するからには、この際、きちんと基礎から勉強しなおしたほうがいい。
 そこで山本くんは本棚から『まんが家入門』をひっぱりだし、読み返すことにした。 
 溝口と漫画を描くときに、ふたりでお金を半分ずつだして買い求めた本である。はじめ溝口が持っていたのだが、一ヶ月経っても山本くんに渡そうとしないので、催促する

みんなの注目を受けようと思ってなのか、時折、平然と嘘をつくので有名だった。
 長嶋茂雄のサインボールを持っている(ボールがバッドやグローブ、ユニフォームになることがあり、嘘だとばれた)とか、お父さんは東大卒(ほんとうは中卒)とか、欽ドンではがきを三回読まれたことがある(これは確認しようがないがどうも嘘くさい)とか、いちばん最近のはキャンデーズのスーちゃんとわたしはまたいとこで、解散コンサートに招待してもらったというのだった。これは十秒後にあっさりばれていた。クラスの女子のひとりが、学校に持ってきてはいけない『明星』を開き、どれがスー? と訊ねた。わかるわよ、それくらいと言いながら、彼女はランを指さした。
 そんな子の母親の言うことを信じるほうがどうかしている。
「そう。だったらいいんだけど」

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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