山本くんには 友達がいない  |  davinci

で、山本くんの描く女は、髪とまつげが長い男にしか見えなかった。
 ほかにもいろいろ難点があるのだが、なによりいちばんこまるのは、胸のふくらみだ。『コブラ』にでてくる女のひとのように描く必要がない。ほんのわずかの曲線を描けばいいものの、それができなかった。恥ずかしいのだ。漫画を描いたところで、だれに見せるわけでもない。にもかかわらずだ。
 などと考えている自分の視線が、福子の胸に目がいっていることに気づき、慌ててそらした。
 読みたいよ、山本くんの漫画。
 堤の言葉が胸の内にわいてでてきた。
「うぅん」南斗は腕組みをして、うなり声をあげている。「わからないなぁ」
「なにがよ」
 福子の声が鋭くなっている。気を悪くしているのはまち

がいなかった。
「絵が描けずに話をつくることができるのであれば、小説や映画の脚本とかをお書きになったらいかがでしょう」
「ああ、それは」黒須が言いかけたとき、「シンタロー、あんたは黙ってなさい」と福子が叱りつけるように言った。
 あきらかにまずい雰囲気になった。にもかかわらず、その原因をつくった本人はいたって呑気だ。
「自分ができないことをしているひとにむかって、文句を言ったり、意見したりするというのはどうなんでしょうねえ。そういうのって、能書き垂れっていうんじゃないですか」
 これが喧嘩を売っていたり、悪意をもって毒づいていたりしているのであれば、おさめようもある。ところが南斗はそうではないのが面倒だった。
 福子が声を荒げ、怒りだすのでは、と思ったがちがっ

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

山本くんには 友達がいない

 
 

山本くんには 友達がいない

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

あわないもんな」
「ば、莫迦をいえ。おれがそんなの見てるはずが」
 憤る萩原をあからさまに無視し、黒須は姉に客がきていることを教えた。
「オーダー、とりにいかないとまずいんじゃない」
「あら、ほんと」
 福子はカウンターからでていった。
「さてと。みんな帰ろうぜ」と黒須も椅子から降りた。山本くんもそれに従う。お開きにはちょうどいいタイミングだ。
「待ってくださいよ。ぼくも帰ります」
 南斗は半分以上、残っていたオレンジジュースをストローで一気に吸いあげた。それがすむと鞄を肩にかけ、ひょこっと椅子から降りた。
 萩原はその姿をにらんだままでいる。その彼に、とうの南斗が親しげに話しかけた。

た。噛んで含めるようにこう説明した。
「批評があってこそ、小説家や映画監督は成長していくものなの。漫画家だって自分の作品に関して、そうした声がききたいはずよ」
「では福子さんは批評をお書きになって、漫画家へ手紙をだしてたりするんですか」
「そういうことじゃないわよ」
「じゃあ、どういうことです?」
 福子の表情が硬くなりだしている。
 がたん。萩原が立ちあがった。だれが見たってわかるくらい、怒りをあらわにした表情だ。鼻息だって荒い。いまにも南斗に飛びかからんとする勢いだ。
「帰るのか、ジュンジ」
 黒須に名で呼ばれ、萩原は「あん?」と少し間の抜けた返事をした。
「そうだよな。もう帰らないとカルピスこども劇場に間に

ら、別れ離れになったばかりである。
 この男にジャンプの件で因縁をつけられたというか、からまれたのはもう二ヶ月以上も前のことだ。福子の店にもいっしょに足を運ぶものの、これまでまともに会話を交わしたことがなかった。せいぜい、萩尾望都についてきかれたくらいなものだ。
 そういえば、ずいぶん前に福子さんにとりあえずこれを読んでみたら、と『百億の昼と千億の夜』を渡されていたが、はたしてあれを彼は読んだのだろうか。
「な、なにかな?」
 萩原と視線をあわせることができず、なおかつ自分の声がかすれているのがわかった。山本くんは心底、自分が駄目な人間に思えてきた。
 それにしても萩原はでかい。おなじ小六であるにもかかわらず、彼のほうが頭ひとつ分、背が高かった。肩幅もあるし腕も太い。こんなガタイだからこそ柔道をやっていた

「萩原くんも見ているとは意外ですね、『ペリーヌ物語』」
「え?」
「ぼくが小さい頃から唯一、見ることの許されているテレビ漫画が、カルピスこども劇場でしてね。いまはカルピスファミリー劇場ですけども」
「だからおれは」
「南斗、おまえ、見てるのか?」
 黒須が笑いをかみ殺しながら訊ねた。
「ええ。受験戦争にも憩いは必要ですからね」と言って、南斗はまたハチマキをきつく縛り直した。

「おいっ、山本」
 ホームで下り電車を待っていると、突然、声をかけられ、山本くんはびくりと肩を震わせた。
 萩原だった。ついさっき、新宿駅の改札口に入ってか

ブンゲイ ダ・ヴィンチ

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のか、柔道をやっていたからこんなガタイになったかはわからない。とくにわかりたいとも思わなかったが。
「ジャンプ、よこせ」
「え?」
「ビビんなよ。とりあげたりしねえよ。ちょっと確認したいことがあるだけだ。さっき、福子の店で見せてもらおうと思ったんだけど、うっかり忘れてた」
「確認ってなにを」
「いいから見せろって」
 電車はまだくる様子はない。山本くんはやむなく鞄からジャンプをだして萩原に渡した。
「目次ってどこだ?」
「いちばん、最後のページ」
 ジャンプをめくりながら、「あのハチマキ野郎、ほんと、頭くるよな」と萩原は吐き捨てるように言った。まわりのおとながぎょっとするほど大声でだ。「漫画が好きだ

からって、みんながみんな、漫画家になるわけじゃねえじゃんかよなぁ。おまえもそうだろ。いくら漫画が好きだからって、漫画家になろうだなんて、これぽっちも思ったことないだろ」
「あ、う、うん」
 山本くんは背中にいやな汗をかいた。
「なのに福子にむかって、能書き垂れだなんて言いやがって。てめえは何様のつもりだっつうの。ほんと、頭くんぜ。シンタローのヤツも自分の姉貴が侮辱されてるのに、にやにや笑うばっかりでよ。ああ、すっきりしねぇ。あのハチマキ野郎、やっぱり殴っときゃよかった」
 やっぱり殴るつもりだったのか。
 萩原はジャンプの目次をじっと見ている。やがて「これだ、この漫画だ」と言い、ふたたびばらばらとめくりだした。
 もう少し丁寧にあつかってほしいよ、と思いつつ、萩原

ブンゲイ ダ・ヴィンチ
 

の開くページをのぞきこんだ。そこには山本くんの知らない漫画が載っていた。赤塚賞の受賞作品である。つまりは新人漫画家の読み切りだ。前号にはこの漫画の予告はでていなかった。連載陣の漫画家で、だれか原稿が間に合わず、その穴埋めにちがいない。
「こ、これがどうかしたの?」
「試験官に沢田っていうのがいるだろ」
 たしかにいた。いつだったか、南斗が終わりのチャイムが鳴っているにもかかわらず、解答用紙に書き込みをしているのを注意していた男だ。
「これ、そいつが描いた漫画なんだよ」

(続)

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山本くんには 友達がいない
  • 著者:山本幸久
  • イラスト:フジモトマサル
作 成 日:2008 年 11月 06日
発   行:山本幸久
BSBN 1-01-00021071
ブックフォーマット:#429

(やまもと・ゆきひさ)
1966年、東京都生まれ。『笑う招き猫』(「アカコとヒトミと」を改題)で、第16回小説すばる新人賞受賞し、デビュー。近著に『渋谷に里帰り』。

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山本幸久

Yukihisa Yamamoto

 
 
 
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