そのせつなさに用がある  |  HGWRYT

 
 

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はじめに

 
 

 2004年、つくば市内の小中学校には、相次いで風車が建設された。
 行政と某私立大学との共同事業として、地域の子供たちの環境意識を向上させるためにつくられたその風車たち。

 それはまるで雲ひとつ見当たらない3月の空のように青く、美しいフォルムをしていた。

 何よりも、その風車は、子供たちにとってのまぎれない"未来"であり、彼らが創り出すはずの"21世紀"そのものだった。

                                   
しかし、設計ミスによって、
その風車が廻ることはなかった。

関東平野の内陸部、
つくば市には、風車が廻るのに十分な風が吹かなかったのだった。

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そのせつなさに用がある
~つくばの里に風が吹く~

 
 

 日本には四季がある。
 我々が、つくばエクスプレスに乗ったその日、冬はもうどこか遠い北の方へ追いやられ、季節はとっくに春だった。普段は気に留めることもないが、今、この瞬間も季節は確かに巡っている。咲き誇る花々や、穴から這い上がる虫たちを優しく促すように、柔らかく、豊満な薫風が駆け抜ける。風速は2メートルといったところだろうか。
 そして、風車が動く気配をみせることはない。
 我々は、そのせつなさに用がある。

 地方経済の停滞が囁かれ、借金で首が"廻らない"自治体も多い中、つくば市の環境に対する気の"廻し"ようは、賞賛に値するはずだった。しかし、まさかの設計ミス、しかもその内容は「思ったほど風が吹かない」というものだった。かくして、風車は即刻運転を停止させられた。彼ら設計者は、つくば市が風の吹かない土地であることを忘れていたようだ。風車だけでなく、頭も廻らない。
 このような劣悪な教育環境の中、「Let's クリーン」という標語を掲示する児童は何を思うのだろうか。彼らは、こんなにも不都合な真実を受けているというのに。
 なお、事実関係をつくば市に確認しようとしたところ、"たらい回し"にされたのは言うまでもない。

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”かざぐるま”は勢いを増しながら、回転し、
”ふうしゃ”は、沈黙を守る。

アル・ゴアも息を飲むほどの
”不都合な真実”が、ここにはある。

 

 "答えは風に舞っている"
 かつて、しゃがれ声のフォークシンガーは、混乱の時代をこう歌い上げながら、暗に泥沼の戦争を批判した。そのメッセージに共鳴した若者たちは、頭に花を刺しながら、軽やかに踊っていた。そのステップが、遠いベトナムの土地に聞こえたかどうかはわからない。
 彼らは“エコロジー”という思想を生み出し、コミューンと呼ばれる共同体を結成し、時代の中に消えていった。
 つくば市の中学生は、老フォークシンガーのレコードを耳にすることがあるのだろうか?時代背景はわからずとも、時を越えたその声に心を打たれるのだろうか?そんな我々の問いを、南からの薫風が柔らかく包む。レコードは廻り続け、強靭な思想は時代を超えるのだろうか?
 答えは風に舞っている。
 そして、その風が風車を廻すことはない。

 つくば市は、この風車を設計した大学に対して、損害賠償を求める訴訟を行っている。
   
 

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廻る風車は電気を生む。
廻らない風車はせつなさを生む。

 
 

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