GOODBYE-TAMPOPO  |  hayachi

 

photo | Yu Jin Tan

photo | Yujin Tan

23

photo | tampopo

このこたちは
いまもう


おとなになってるんだねぇ・・・

22

 30数年前に父が公園で見つけた張り紙には、

「生活に困っています 子どもを預かって下さい」

という切実なSOSが綴られていました。

 その子を預かってから、すぐに5人の仲間が集まって、私の家は、同じような境遇にある、夜に働くシングルマザー達が夜中に、ハイヒールの音をコツコツと立てて子どもたちを迎えにくるという24時間、年中無休の保育室になりました。

 たんぽぽ母は経営に全く関心がなく、保育料の滞納は続出し、保育室の運営はいつも火の車。だから、子育ての電話相談所を開いたり、弁当の仕出しをしながら、いつもぎりぎりのところで保育室を存続させていました。その後、私や姉が経営をひきついだのですが、やはりカエルの子、運営が安定することはありませんでした。

 話し合いの末、今年の12月、のべ1000人以上の子ども達を受け入れてきた、24時間年中無休の保育室たんぽぽを閉室することを決めました。

 この本は、その30年間の歴史をたんぽぽを支えてくださった、たくさんの人に伝えるために、ありがとうの気持ちをこめて、スタッフの力を借りて作成したものです。是非ともご覧頂ければ幸いです。

21

目白にある、保育室たんぽぽのこと

 昨年の冬、たんぽぽ母をパリに連れて行った。NHKのフランス語ラジオ講座を聞きながら、ずっとパリに行くことを夢見ていたたんぽぽ母。

 たんぽぽに向かう自転車を走らせる道すがら
喘息発作が起きるようになったと聞いた私は、母を連れて行くなら今しかない、と医者の許可を得て渡航した。

 そして パリの秋を満喫し、帰りの飛行機に向かう車の中で、彼女は倒れた。

 原因は、心臓発作だった。

みんなの励ましと温かい笑顔

それから

たんぽぽ母に捧ぐ








2008.10.7 たんぽぽクラブにて

photo | hayachi

photo | hayachi

text | hayachi

たんぽぽ母は、
パリの空港近くの病院での
2週間のリハビリののち、
帰国。

無事、手術を終えて
やっと部屋に戻る頃には
季節は冬になっていた。

photo | hayachi

20

そんなさなかにも たんぽぽのわたげたちは
たくましく いきていたね

19

あのころのみんなは
今頃どうしているんだろう?

photo | tampopo

18

photo | tampopo

たんぽぽがテレビ放映された翌日に
家の前に捨てられていた猫たち。

今どきめずらしく
立派にねずみや鳥を捕まえては
たんぽぽ姉に献上する。

photo | hayachi

17

photo | tampopo

恒例のクリスマスにはいつも
ひしめきあう人々に
小さな家が 悲鳴をあげた

おそろいの わたげレインコートで
雨の日さんぽ

photo | tampopo

photo | noko

16