瞬きするモデル  |  ItoIzumu

私の背後から描いていた青年のデッサンをちらりと見ると、その背中には小さな羽が生えていた。

自虐の心理が、何となく私を申し訳ない気分にさせたが、それもおこがましい感情だろう。
私と画中の女が、寸分の違わぬ訳がない。

画面に写された私は、描き手の真実が加味されたものだ。

冷徹に裸体を観察された結果の写しにも関わらず、それは私が現実から生きるのを解放された姿でもあり、めっほうな気楽さがある。

画中の女は、描かれた当事者という立場と、
描き手の世界を俯瞰するよそ者という立場を漂う。

photo | ItoIzumu

美術モデルとは、「現場においてのみの裸身+20分静止」という身体機能の提供である。
そしてあくまでデッサンのモチーフとして、仕事を受ける。

しかし、裸体になるという行為のみに意味を置くような場所では、美術モデルは写真撮影も可能という誤解を受けることが多々ある。

人体デッサンの現場にカメラを持ち込むというのは大きな賭けでもあった。

私がカメラを持ち込んでしまえば、美術モデルは撮影可の誤解を招かないか。もし誰かがカメラを持ち出した時、撮っている私が撮影不可の説明をしても納得してもらえるか。長い間、美術モデルは「撮影禁止」の理解を深めるべくしていたのに、誤解を招くような行動をおこしてもいいのか。

しかし、人体デッサンの現場を撮影したいという思いは抑えきれなかった。

不理解と誤解を恐れて何も行動をしないという選択を取るには、現場の空気はあまりに美しい。
自己と他者との繋がりを思うのなら、美術モデルと描き手の関係性というのは何と特異なものだろう。
 
今回撮影出来たのは、そのような私の考えを受け入れてくれた、描き手と密にコミュニケーションがとれた場所である。

描き手と美術モデルの信頼関係が強固なら、ポーズも自然と面白いものが生まれる。

ポーズの疲労さえも抑制される程、静謐な空気を持つ現場との出会いが、私の喜びだ。

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二人ポーズを組んだ、モデルの華さん。

穏やかな笑みを浮かべ、温かな声音で話す人だ。

ポーズを決める時の、描き手への誠実な思いが込もるやりとりと、パートナーの私へのさりげない気遣いに、まどろむように好きになってしまった。

彼女と組むと、水に潜るような心地良い感覚を持ってポーズに入れる。


彼女の身体を間近で見るポーズになった時は、その産毛の柔らかさに手を伸ばしたくて、たいそうまいった。

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