FREAK  |  Dragon

 

Hiroshi Nonaka

2008年1月3日
靖国神社に参拝する直前のレインボー氏。
訳の分からない様な抜けた気合に我が家はこの
記念写真を撮影している時間中包まれていた。

 

レインボーという名のおっちゃんに会ったのは去年の9月頃だったと思う。その頃のオレと言えば、飲食のバイトを辞めてしまい、収入も無くなり食うに困っていたというのに、やっていた事と言えば、殆ど無に等しい写真を撮る事と、古本屋とかに売れる様な本やらCDやらを部屋中から探し当てる事だけであった。困り果てた末、マーボーと言う行き着けの飲み屋で知り合った飲み友達の処へ駆け込んだ際、何故かそこに居座って、いきなり「ハーイ!レインボーだよ。宜しく」という普通の挨拶で無い挨拶をされたのが始まりだった。正直なところ、最初は彼からは何の衝撃も感じなかったが、ただ、オレが金に困っている時に風体には似つかわしくない気前の良さで、財布の中からポンと2千円を貸してくれた事だけが印象に残っている、最近街中で良く見かける事の多い、日雇いで生活を繋いでいるおっちゃんというのが、オレがレインボー氏を最初に見た時の感想であった。彼が煮ても焼いても食えない様な男だと気付く前の事である。

 

マーボー氏との出会いは2年半程前のバー「シエロ」での事だったかという記憶がオレの中にある。その時は80~90年代に流行ったヘビメタの話で2人で盛り上がり酒を酌み交わした。宵に任せて彼は店の片隅に置いてあった弦が4本しか無いギターで彼は弾き語りを始めた。「Stardust Avenue」弦が1弦足りないので当然の事だが音は狂いっぱなし。それでも彼は店に来てはそのギターで、気分が乗った時には弾き語りをした。1本の弦の有無は、その時の彼にとってはとるに足らない事なのであろう。彼がその曲の歌詞の中にある、最低で最高の街の住人として生きているのだとしたら。

マレンコフさんはこの飲み屋街では有名な人だ。ギター1本を持って店を流れ歩く事を生業にして、死ぬまでその生業を辞める事は無いのだろう。同じ街に居て同じようにギターを持ち酒場に通う、オレから見ればマレンコフさんはマーボー氏の先輩の様に見えるのであるが、マーボー氏は、マレンコフさんみたいに、鼻持ちならない客まで相手にして、ギターで金を稼ぐ様な事はしたく無いと言う。最低で最高の街での生き方を彼は彼なりの方法で見出そうとしているのであろうとオレは思った。

 

「シエロ」というバーの存在は、今のオレにとっては特別なシェルターの様なものである。この店に居れば、オレはそこら中に溢れ返り、濁流の様に無粋に近づいて来る、薄ら寒い笑い声の中に包囲される事は無い。この店のマスターはジャズをこよなく愛している・・・のかどうかは良く判らないのであるが、とりあえずこの店の中ではジャズやら昔の歌謡曲やらが良くかかっている。この店のマスターは1日24時間の内を殆ど酔っ払って過ごす。昔「24時間戦えますか」という栄養ドリンクのCMがあったが、それから倣うとすると、この店のマスターにとっては飲む事がイコール戦いなのかも知れない。そう思わせる程に、この店のマスターは日夜飲み続ける。そのようなマスターが開いている店に来る客の1人として、オレはヒロコさんと出会った。区役所勤め(当時)というお堅い仕事をしている割には人には甘い。頼まれると何だかんだと言っても嫌とは言えない性格。結局オレやマーボー氏とヒロコさんとの付き合いは今でも続いている。最低の男達の調教に生き甲斐を感じてしまったのかも知れない。そういった意味で言えば、このおばさまも最近は最低気味である。

 

07年3月29日
新宿区役所第二分庁舎にて。通りがかったゴールデン街劇場オーナーに一緒に入って貰っての記念撮影。当地が吉本興業に引き渡される3日前の出来事である。